*爪立恋歌

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その後、静雄は新羅の家に戻ってきた。
四木の家から連行された時よりも、沢山の傷を増やして。


「静雄、大丈夫?」

医者の新羅は、殴られた痕や切り傷を、手際よく手当てした。



臨也に会ったあの後、静雄は警察へ突き出された。
四木の家の呉服屋、となれば、出店当初よりもかなり有名になった。
そんな家に忍び込んだとなれば、金目当てだとしか見られない。
静雄は、違う、と幾度も言ったにも関わらず、拷問紛いに尋問された。
勿論、嘘偽りの無い言葉だ。
彼らに負けて嘘を吐くなんて言うのは、許しがたかった。
故に、3時間ほど拷問は続き、漸く解放された。
しかし、次に会いに行けば、拘束は間違いないと言われた。


「どうってことない」

静雄は低い声で返した。
新羅は静雄の様子に慰めるように笑う。
勿論、新羅もその笑顔でどうにかなるとは思っていないし、静雄はわざとらしく気を遣われるのを嫌う。
新羅は、遠慮することなく尋ねた。

「臨也くんに会いに行って、解ったことはあった?」

静雄は、静かに横に首を振った。
解ったとすれば、暴漢も梅毒も事実だったということ。
そして、臨也が未だに自分を愛してくれていた、ということ。

嬉しかった。
1ヶ月以上離れていたのに、大切に思ってくれていたこと。
でも、辛かった。
会えない自分に、何時までも依存させてしまっていること。


「また会いに行くの?」

新羅の問い掛けに、静雄は再び横に首を振る。
端的な動作のみで一向に口を開かない静雄に、新羅は小さく溜め息を吐き、笑って見せた。

「静雄が悪い訳じゃないんだから、そんなに気負うことないと思うよ。
それに、もしかしたら梅毒を治せる特効薬が――」


新羅の言葉は、静雄が強く机を叩く音が掻き消した。
静雄は興奮を隠しきれずに息を荒くさせ、血の気の多い顔で新羅を睨み見た。

「じゃあ…テメエが作れよ」

仮にも医者だろ、そんなことを言いたげに、怒りを抑えたような低い声が響く。

一瞬驚いたように目を見開いた新羅だったが、困ったように笑った。

「残念だけど、無理だよ。
僕は薬を作り出す術を持ち合わせてないし、そんなお金も無い。
僕に出来るレベルなら、とっくの昔に誰かが作り出してるよ」

静雄は、自分が八つ当たりをしていることに気がついた。
身を置かせてもらっておいて、幾らなんでも恩知らずすぎた。

「……わりぃ」

掌に爪が食い込むほどに拳を握り締めたまま、静雄はそれを膝に下ろした。

「なるようにしかならないんだからさ。
そんな、泣きそうな顔してないで、出来ることを精一杯やればいいんだよ」

新羅の優しげな声に、更に泣きそうになった。
でも、静雄は強がる。
それが、自分だから。

「言われなくても頑張る」

新羅は呆れたように笑い、
「静雄らしいよ」
と、温かい声で言った。





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