*爪立恋歌

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歌舞伎場に着き、
四木がそこの親方らしき人と喋っているなか、静雄は場内に入っていく人を眺めていた。

やはり、見るからに金持ちらしき人が多い。
高そうな着物。上品な笑い。
どれもこれも、四木の護衛にならなかったら一生見ることも無かっただろうものだ。
貴族の集団は今までに数回見たことがあったが、やはりまだ慣れずに妙な好奇心が沸く。

「静雄、入るぞ」

ぼんやりと人の波を眺めていた静雄を、場内に入る波に乗ろうとしている四木が呼ぶ。
静雄も返事をして追いつき、急いで四木と流れに乗った。



席に着き、少しして始まった。
色とりどりの着物。
まるで遊女の如く艶美な色香を漂わせる少年。
四木の言っていた、新人の芸者だろうか、
幼げな少年が、まだ何処かぎこちない微笑を浮かべ、ひらりと舞った。

少しして、一人の少年が出てくる。
他の芸者よりも、一段と綺麗な着物。
漆黒の髪、それに映える紅い瞳が、まるで綺麗な顔立ちを引き立たせているようだった。
着物が負けている、そんな気しかしない。
優美な足運びで舞台の中央まで歩いた少年は、一見すれば冷たくすら見えるほどに綺麗で。
でも、ほんのりと浮かべられた微笑が、その顔立ちを一瞬にして儚い花のように変えた。
色気で溢れているのに、淫猥さは感じさせない、不思議な雰囲気。

周りの物が感じられなくなるほどに、静雄は見惚れていた。



「どうだった?」

「…え!?あ、…」

知らずと余韻に浸っていた静雄は、突然四木に問われ、驚いた。
言葉が出ない静雄を四木は笑いながら、「どいつが気に入ったんだ?」と尋ねる。
咄嗟に、あの少年を思い出す――否、あの少年しか覚えていないに等しかった。

「あの、一番綺麗な着物着てた…」

名前を把握しているはずも無く、そんな曖昧な説明をしたにも関わらず、四木は頷いた。

「あの芸者だろ。
肌の白い、綺麗な顔の、
ほら、アイツ」

そう言った四木が指を指す方向には、今回の上演で出ていた芸者が、帰宅していく客を見送る姿があった。
そのなかに、先刻見惚れていた彼が居た。
ニコリとした綺麗な笑顔で、他の芸者と帰っていく客を見送っている。

「ハイ、あの人っすけど…」

少し恥ずかしそうに答えた静雄を見て、四木はニヤリと笑う。

そして、その芸者たちの方へ歩き出した。
付いて行く静雄に、楽しそうな声で説明を始める。

「あいつは折原臨也。
この歌舞伎場の人気はトップを争うレベルだ。
あれもうちの着物な」

四木の言葉に、静雄は「着物が負けている」と感じたのを隠して、「綺麗だと思いました」と返した。
しかし、四木はそんな静雄を読み取ったかのように続ける。

「まァ、着物なんざ所詮引き立て役だけどな」

呉服屋がそんなことを言って良いのか…
静雄は正直納得しながらも、再び言葉を隠した。



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