*※涙花心中

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幾重にも重なった美しい着物。一番最後に、静雄の染めた桜の打掛を羽織れば、漆黒の夜空の下、淡い桃色が暗闇を彩った。
そうして桜の飾りのついた簪を差し、 化粧を施し最後に真っ赤な紅を差し入れれば。

「――出来た、」

静雄の満足げな声。臨也も足元に広がる満開の桜に、思わず感嘆の声を漏らした。

「――すごい」

「腕壊す前は、もっと綺麗にできたんだけどな」

「これでも充分だよ、ほんと、綺麗…」

感動に着物をずっと眺める臨也に、静雄は恥ずかしそうに笑うと走り出した。そうして桜の下で立ち止まると、臨也の方へ向き直る。

「ここまで、手前の道中だ」

静雄の髪が、月明かりに光る。ざあ、と風が吹いて着物を揺らした。
幾重にも重なった着物は重い。高下駄も、決して軽くない。
…けれど。これは最初で最後の道中。
俺はこれから、俺を抱いてくれた愛おしい人の元へ行くのだ。

息を吸い込む。瞳を閉じれば、憧れてきた景色が瞼の裏に滲んだ。

そうして、一歩。また一歩。
新造の頃に姉女郎に教えられた八文字を踏み、桜の絨毯を踏みしめて、月明かりの中をゆっくりと優雅に歩んだ。
羨望の眼差しも、感嘆の息もない。けれど、かまわなかった。
憧れ続けていた道中。煌びやかな打掛で、優美に気高く八文字を踏む。
これから迫り来る辛い日々も、見えなくなる希望も、知らないままで。

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