Short dream

□ツールへの道
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小さい頃から自転車に乗るのが好きだった

休みの日はいっつもお兄ちゃんと自転車で出かけた



海の街に住んでいたから最初は海岸沿いの道

誕生日に買ってもらったロードバイク

もうちょっと大きくなったら山にも行って見ようかなんていいながら

大好きだったんだ

自転車もお兄ちゃんも










高校生活2年目

私はロードバイクに乗っていた

昔と変わったのは隣にいるはずのお兄ちゃんがいないこと


中学はひとりでロードの大会に出てた

チームになったらお前と遊びに行けないだろ、なんて笑いながら

高校で自転車部に入って

初めてできた仲間と楽しそうにロードに繰り出して言ってた

高校最後の年には頭角を現して

大学で日本一になった

そのまま世界へプロへと羽ばたいてった

スペインで実力をつけ

グランツールの一つ「グランエスパーニャ」で総合優勝

日本人の夢、ツールドフランス優勝だってもうすぐだったのに

お兄ちゃんの称号は「夢に最も近づいた男」

落車事故で死ぬなんて

誰も思ってもいなかった

ダウンヒルで死ぬなんて思ってもいなかった

オールラウンダーって呼ばれてたけど

もともとはダウンヒラーなお兄ちゃんが

…焦ってたのかな

真相は誰にも分からない

死者は語らない



お兄ちゃんが死んでも

ロードだけは止められなかった

辛くって悲しくって怖い見たくないとさえ思ったのに

身体がロードバイクを欲していた

お兄ちゃんを写した最後の写真

死の直前、ダウンヒルを走る兄の姿

熱狂する観客と心底楽しそうなお兄ちゃんの目

小さい頃からずっと見てきた目

私をロードバイクに導いたお兄ちゃんの目



私はクライマーだ

でももともとはダウンヒラー

山登りのリズムは楽しくって仕方がないけど

一番好きなのは下り

下って下って時間が止まったようにみえる瞬間

あの一瞬に会いたくてロードバイクに乗っているんだ




うちの高校にも自転車部がある

去年は出場した桜ケ丘市民レース

今年まさかうちの自転車部がでるなんて思いもしなくって

勝つからみててと深澤に言われた時は

頭の片隅を通った程度だった


レース当日、何となく足が向いた

そして驚愕した

市民レースの中ではかなり過酷

完走率は10%を切るだろう

そんなレースを選ぶとは

天才・深澤その称号のみなもとは

心の強さだと思った

お兄ちゃんがよく言っていた

結局最後は心のつよさ、勝利への執着心だと



中盤、深澤の落車

脳のフラッシュバックに体が震えた

深澤見るのは怖かった

あまりにもお兄ちゃんに似ていたから

大柄な体、動体視力、処理能力、技術

怖かった

ゴールした彼にふれたとき

彼の体は温かくて

大丈夫だ生きていると分かっていても

やっぱり震えが止まらなかった

また誰かを失うんじゃないかって

私がロードバイクを好きでいるかぎり

ロードバイクは私から

大切な誰かを奪ってゆくから



それから自転車部に入部して

チームの一因になって

レースの前夜、遥輔に呼び出された

好きだと彼らしい単純な言葉で告げられた

返事なんてできなかった

固まってしまった

何かを言わなければと思うのに

何も口から出てこなかった

彼はぽんっと頭に手をのせて

去っていった



スタートを見送るとき彼に聞いた

勝つ限り死なないよねと

彼は無言の肯定

勝ってそしたら話をしたいと告げる

当たり前だろといって走っていった

襲ったのは後悔

目がほとんど見えてないって分かっていて

引きとめなかったこと

私はエースを支える立場なのに



彼が一番に戻ってきて

篠崎にたすきを渡したとき

彼の後ろ姿に勝利が想像できた

きっと勝てるそう思えた



桜ヶ丘高校自転車部、優勝

気がつけば泣いていた

背中を抱かれおでこをつき合いながら

彼の耳元に口をよせた

ロードバイクで死なないでと

死なないならあなたの傍にいたいと

好きだと

遥輔はロードバイクは夢そのもの
だから絶対に裏切らない

強く約束してくれた




明日、目の治療でアメリカへと飛び立つ

それはツールへの道



→あとがき
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