短 文

□練習という名目の告白
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まただ。切り取られた空に、静かに想いを馳せていらっしゃる。

窓の外を見つめ動かない彼を、書棚の前から盗み見る。


「文若殿…。」

彼に聴こえないように、小さく小さく声に想いを乗せる。

耳には届いていないはず。


しかし、それが届いてしまったかのように 振り向いて弱々しく笑む様は、消えてしまいそうに儚い。

椅子から立ち上がり、少しふらつきながら此方へと歩むのを、見ていられない。

俯いて、彼の荷物を纏める作業を進める。


部屋の出口に向かわれると思っていたのに…あろうことか傍に気配を感じ、顔を上げられない。

何故、今に限って二人きりなのだろう。


ふわり、と上品な香の薫りが微かに鼻を掠める。

こんなに近くに文若殿がいらっしゃったのは、初めて。


私は畏れ多く感じて、一歩 下がる。

しかし、衣擦れの音とともに すぐ隣に彼が歩む。


再び一歩下がり、また一歩迫られ。


何度か同じことを繰り返し、とうとう背中が壁に辿り着いてしまった。

「名無殿。」

普段 呼び掛けて頂く時と変わらない、涼やかな声音なのに。

距離が、いけない。鼓動が跳ね上がってしまう。


「貴女を連れていく許可を得られたのが、唯一の救いです。」

私の片手が、白い両掌に包まれる。

「才気溢れ美しくもある貴女だから…曹操殿に取り上げられてしまうとばかり、思っていました。」

「いえ、そんな。私は、平凡な一書生であります故。」


文若殿の掌は、冷えきってしまっている。

「夏も近づいているというのに、すみません。…少しで構いませんので、ぬくもりを分けては頂けませんか?」

否も応も答えられぬうちに、抱き包まれた。


「…私だって一人前の男子です。以前から恋慕う貴女を、いつかはこの手に…。そう思ってしまうのは、自然の理。」

耳を疑った。今、この御方は…何と?

「しかし今、一時の虚しさに支配されたまま貴女を求めてしまったら、その先には…。」

文若殿は、哀しそうに睫毛を伏せる。

「今の私は、荒んでしまっています。貴女をいたわれず、傷つけてしまいかねません。」

固まる私を、彼は解放する。


「新たな地で、身も心も落ち着いたら、改めて言わせて下さい。」

すうっ、と彼が息を吸う音が、鮮明に聞こえた。

「だからこれは、その時にきちんと言えるように…練習です。」


 ― 貴女を、愛しています。…だからどうか 私を、愛してくださいませんか? ―


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2018.05.06
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