短 文

□はかりごと。
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私を見下ろす彼は、どうして被害者面をしているのだろう。

彼の寝台に寝かされ、彼の手で動けないように腕を抑えつけられている…私の方が圧倒的に被害者に見えるというのに。

「貴女は、俺を拒まない。だからと言って、悦びもしない。何故なんですか。」

「現状が理解できないからです。こうなった経緯、説明を求めても?」

「…事の発端は、昨晩の宴の席で。」

そんな風に申し訳なさそうに瞼を閉じられても。

「酒が飲めない貴女の杯に、俺は…水以外のものを注ぎました。気付かれぬ程度に薄めて、少しずつ。」

「すぐに分かったけれど、敢えて呑んだんですよ。」

あなたの謀[はかりごと]に乗ってあげたのは、私。

「…そうでしたか。酔いが回り眠ってしまった貴女を送り届ける、と嘯いて中座した俺は…貴女を、自分の部屋へ連れ込みました。」

開いた眼は光を失い、こちらを見ない。
罪悪感に押し潰されそうになるなら、どうして別の方法を選ばなかったの?

「全ては…貴女を、自分のものにしてしまいたかったから、です。」

「では、昨晩のうちに自分の意識のないところで…私は汚されてしまったのですか。」

「それは違います。少し休ませた後に、きちんと起こして同意を得る手筈でした。」

溜め息に諦めを匂わせれば、慌てて私を見てくる。

「飲ませた量も極僅かでしたので、直ぐに目を醒ますと思っていたのですが…貴女は何時までも眠ったままだった。」

「すみませんね。冗談では済まないほど お酒には弱いんですよ。」

「そのようですね。以後軽率な行いは慎みます。…眠っている貴女を無理に起こすのも忍びなく、寝顔を見つめていたら朝になってしまい、今に至ります。」

また目を閉じるあなたに、普段の聡明さが感じられない。

「本当は、こんな手段は使いたくありませんでした。」

「では、どうしたかったんですか?」

「…桜の散り乱れる中、'愛している'と伝えてから抱き締め合う事が叶うならば、と。」

「見掛けにそぐわず、案外夢見がちなんですね。」

「何とでも言って下さい。春まで待てなかった。」

ぐっ、と手首が締め付けられる。

「貴女の態度も良くありません。俺は…精一杯 好意を伝えていたのに。全く脈の無いように返してくると思えば、時々思わせ振りに近寄ってきたり。」

荀攸殿の精一杯とは、なんとも幼いものだった。

たとえば食堂で居合わせた時、近くの席に座る許可を求めてきたり。
しかしそれ以上は何もない。会話も事務的な内容以外、全くなかった。

朝の定例会議が終わり ひとり片付けている時、いつの間にか戻ってきていて一緒に始末をしてくれたり。
もちろん会話はない。二人で只 黙々と作業をするばかりだった。

「私を悪女みたいに言わないでください。荀攸殿の愛情表現は、とても分かり難いです。私の方が、あなたに振り回され続けてきたんですよ。」

ほんの一言でも、色ある言葉を くれさえすれば。

「只の同僚として親切にされているのか、男女の情があるのか…。ずっと判断しかねていました。」

「それは…。迷惑をかけました。すみません。」

「私は荀攸殿の何になるべきか、はっきりとした言葉で示してください。」

「貴女は…、俺の…。」

目線が泳ぐ。
自分で こんな状況にしておいて、まだ言えないなんて。

本当に、意気地無し。

「出来が悪く手に余る同僚、ですか?」

「とんでもない。貴女の仕事振りは、評価に値する。」

逡巡した後、眼に鋭い輝きが戻る。
私が焦がれる、瞳。
敬愛する、あなたのまなざし。

「……俺の妻に、なって下さい。」

「妻、とは…いきなり話が飛躍しましたね。」

「俺では駄目、でしたら断って下さい。」

「駄目だったら、こんな風に この場に居ませんって。」

「貴女には、頭が上がりません。」

「荀攸殿が疎すぎるんです。…早く、こうして欲しかったのに。」

「…待っていてくれたんですか。躊躇う俺を。」

「まあ、そうなります。」

「男の甲斐性を示せず、すみません。自分の中でも、貴女との関係をどう進展させていくか、思い描くばかりで実行に移せなかった。」

やっと、手首が解放された。

「嫌われたく、なかったので。」

そっと重みを受け止める。

普段の淡泊な印象からは想像できない、柔らかな抱擁。

「…名無殿。」

半身を起こした荀攸殿に、見つめられる。
その視線に、僅かながら熱が籠っていた。

「貴女が好きです。…ですので、俺を受け入れて下さい。」

「もちろん受け入れますよ。」

ぎこちなく衿を割ってくる荀攸殿の手は、動きが硬い。

毀れ物を扱うように胸に触れられ、ぞわりと震えた。

「すみません。…嫌、でしたか。」

私の身じろぎを、嫌悪と勘違いした荀攸殿は、手を引っ込める。

「違います。もっと、さわってください。」

その手を握れば、揺れる瞳と かち合う。

「…ですが。どうやって触れて良いものか…。」

「思うまま、触れていいんですよ?」

「女性の素肌に触れた事が無いので、どうしたら良いものか。」

「………今、何と?」

「……ですから俺は…。…察して下さい。」

困り顔を隠しもせず、気まずそうにしている。

「触れたいと思ったのも、…恋をしてしまったと気付かされた事も、貴女とが初めてです。」

どうしたら良いか分からなかったのは、私より あなただったの。

「……すみません。自分ではどうにも抑えられません。だから、こちらを見ないで下さい。」

「あなたを見ないで、他に何を見つめればいいんですか?」

下肢を露にされた荀攸殿は、恥じらうように目を泳がせる。

「…今、こんな事をする算段では、なかったのに…。」

「今でも後でも結局、行き着くのはここですよね?」

「ええ、まあ…そうですが。まずは想いを伝えたかっただけ、なのに。」

「いや、酔わせて御自身の部屋に連れ込んだ時点で下心大有りですよね?」

「…面目無い。」

「それはそうと、蕩けるような言葉の一つも貰えないのですか?」

「すみません。…不慣れなもので。どのように振る舞えば良いのか、どんな言葉を掛ければ良いか、分かりかねます。」

「想いを籠めて、優しく名と愛を囁いてくだされば いいんですよ。」

「……名無殿。愛しています。」

「荀攸殿。私もあなたを愛していますよ。」

やっと覆い被さって来てくれた荀攸殿を見上げると、身体の奥底から歓喜が涌き上がってきた。

品を損なわない程度に足を開いて迎えれば、躊躇いがちに熱い塊を擦り寄せてくる。

しかし、なかなか挿入に至らない。

「…すみません。緊張しているのか、うまく事を運べず。」

はしたないとは思いつつも そこの様子を窺えば、本人と同じく小さくなって俯いてしまっている。

「荀攸殿は、繊細な方なんですね。」

私は半身を起こし、荀攸殿にくちづけた。

「…!!」

下唇に軽く噛みつき、ちゅっ と軽い音を立てて吸う。

同時に利き手で彼の先端をそっと撫でれば、乾いたそこは ぴくりと反応を示す。

てのひらで柔らかく包み込んで ゆっくりと上下に刺激すれば、みるみる膨れ上がった。

「…ぁ、っ。名無…殿。」

「これで、大丈夫そうですか?」

「…御助力、感謝します。」

仰向けに横たわり、荀攸殿を待つ。
再び彼が私に伸し掛かる。

そして 今度こそ、ひとつに繋がることができた。

「…う…ぅ……っ…!」

苦しそうに呻く荀攸殿。

僅かに震える身体には、どんな快感が駆け巡っているんだろう。

しばらくの間 先端だけを収めて動きを止めていた彼が、再び腰を沈め始める。

「ぁ…あっ…!」

待ち望んだ感覚に、私も身体を震わせた。

「名無殿。…名無殿。」

荀攸殿は切なそうに瞳を潤ませて、何度も私の名前を零す。

「…素敵だ。もう 貴女なしでは、居られない…。」

余裕のなさそうな眉根が、たまらない。

「荀攸殿、可愛い。」

「男に向かって可愛い、とは。…情けなくなりますので止めてください。」

腰の動きは早まり、息遣いが荒くなっていく。
目を閉じて接合部に意識を集中させている様を見て、満たされる。

「…っ、」

あっさりと動きを止め、肩を上下させる身体が、愛おしい。

胸板に触れ、熱を放つ肌と速い心拍を、てのひらに感じる。

「未熟な俺を導いてくれて、ありがとうございます。」

「私で構わなければ、いつでも応じます。」

「はい。これからは毎晩、俺の部屋に来て下さい。…いや、俺が貴女のもとへ伺います。待っていて下さい。」


私だけが味わえる、密かだけど確かな あなたの想い。

ずっと、一緒に。


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2018.04.30
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