ブチャラティ 長編夢

□26.Reminiscenza III
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第7章「Reminiscenza III」
Capitolo7《追憶 03》


ソフィア:side




……

……

私達はバルで向かい合わせの席に座り、
カチャンと空いたカップをテーブルに置いた。
目の前のカップはすっかり空になっていた。

変装用のメガネを取り外すか迷ったものの、
こんな目立つ人と一緒に居ては変装したままの方が
良いと判断し、そのまま取り外さずに彼をみる。

久しぶりに見るブチャラティさんは、
相変わらずのサラサラのボブヘアーに長い睫毛。
深いサファイアの蒼い瞳がこちらをチラッと覗くと
その瞬間に私の心臓は跳ね上がった。
なんて、美しい人なのだろうかと
久しぶりに会ってもそう思う。
私はすぐに視線を外し、再びゆっくりと彼を見ると
彼はどこか別の場所を眺めて居た。

カッフェの味が全然伝わってこないほどには
緊張している私。
目の前にいるブチャラティさんの方にちらりと視線を
投げかけてみるが…彼の目線はゆらゆらと
店内の装飾に流れていっている。

「……。」

何と切り出して良いのか、
お互いにわからない。
それが二人の本心で間違いなさそうだった。

バルでかかっている軽快な音楽とは反対に
気まずい沈黙が流れている。
緊張のせいか何も話して居ないのに
喉が酷く渇き店員にもう一杯ずつ注文をした。

「……。」

もはや、我慢比べにも似た
この状況にしびれを切らしたのは、
ブチャラティさんの方だった。

「ソフィア…、あれから調子はどうだ?」

彼は随分と遠回しに、遠慮がちに私に尋ねる。
あれから…の意味は、彼と別れてからどうだったか
という意味で間違いないだろう。

「見ての通りです。それなりに元気にやってますよ。…ブチャラティさんは?」

決して失恋の痛みを抱えていただなんて
思われたくなかったので、笑ってみせる。

「……。……俺も相変わらずと言った所だが。それにしても驚いたな。」

言い終わる前に私の方を
足の先から頭上のてっぺんまで視線を走らせた後
再び私の顔をまじまじと見つめるブチャラティさん。

「まさか本当にソフィアが情報屋をやっているとはな……」

「ブチャラティさんもご存知の通り、……私の能力的にはぴったりですからね」

私は得意げに微笑んだ後、
追加のカッフェでごくりと喉を潤わす。
私の得意げな様子が引っかかるのか、
彼は眉をピクリと動かした。

「……、能力にはぴったりか……。」

「ええ。夢の中で情報を聞き出すのはこれでも、得意になったんですよ」

「俺が言えた事ではないが……、ソフィアが人の情報を切り売りする商売をするイメージがなかったからな。情報屋をやってると聞いた時には正直に言って驚いたよ。
あれから随分と変わったんだな……」

この言葉には私も冷静で居られない。
人の気や苦労も知らないで、なんて事を言うのだと、
正直に思う。

私は大きく咳払いをした後、
語気を強めて話しを続ける。

「何を勘違いして、変わった変わってないと仰ってるかわかりませんけど、私は決してこの仕事に後ろ向きな気持ちはないですよ」

「リストランテで働いていた時よりも、今の仕事があってると思っているのか?」

彼の咎めるような厳しい目つきに、
下唇を噛んでしまう。
それでも怒りを抑えつつ皮肉を込めて応戦した。

「リストランテで働かなくなって……少なくとも、どこかの誰かさんを見なくて済むようになりましたし、こちらの仕事としても依頼者に対しても相手をしっかり選んで情報は渡して来ましたので、誰でもに情報を売るようなそんな輩とは一緒にされるのは、大変失礼だとは思いますが?」

「……失礼な事を言ってすまなかった。……だが安全面では大きく違う。情報屋をやっているせいで恨まれる事もあるだろう。さっきだって、随分と危ない目に合っていたようだが……」

まるで同情されているような、
そんな彼の言葉に、私はカシャンと
カップをテーブルに置いた。
寂れたこのバルは非常に静かで
妙に音が部屋中に響き渡った。

「ブチャラティさん。……私の心配をする為にわざわざ私の住んでる街に来てくれたんですか?情報屋をやめろと?」

「いや、やめろだなんて……いう権利なんてないのは百も承知だ。君の事が心配じゃなかったと言えば嘘にはなるが……決してそんな事を言いに来た訳じゃない」

「……ビジネスをしに来たんですよね?確か、依頼の詳細でしたよね」

ほぼ口論のような結果になったものの、
なんとか話を元に戻す事にした。

「ああ。それを確認しに来たんだ」

「わかりました……。詳細を確認した上でお受けくださるか判断して下さい」

本当に可愛くない女だと思うけれど、
今回ばかりは仕方がないと思う。
何もできない女
巻き込んで道を歪めてしまった女
彼にとって、私はそんな存在というのであれば
怒るのも当然ではないだろうか。


… …

… …




ブチャラティ:side





「もう、戻って来たんですか?早いですね」

アジトで仕事をしていたフーゴが驚いた声を上げる。
ナランチャも俺の姿を見て、

「ブチャラティ。ソフィアからの仕事どうなったんだ?俺の出番があれば教えてくれよ。俺もソフィアに会いたいしさ」

「ああ、その件だが……仕事を受ける事になった。詳しい話は後でするが、今は少し疲れているんだ。一人にしてくれないか?」

俺がそのまま自分の部屋に入っていくと、
後ろでフーゴとナランチャが何やらヒソヒソと
喋っていた。だが、気にする気力も起きず俺はすぐに
部屋のソファーに腰を下ろした。


俺はせっかくソフィアに会えたというのに、
どうして彼女を逆なでる言葉しか出なかったのか。
思い返してみても……溜息が出た。

仕事熱心な彼女が『誇りを持って』仕事に取り組んでいるで
あろう事は予想ができなかったのかと。
それに彼女の性格からして、悪人など誰かれ構わず情報を
渡している訳ではないのは予想がつきそうであった。

それなのに関わらず、俺は『情報屋』という仕事をしているだけで彼女を咎めてしまった。
俺の中では、俺と別れた事で不本意にリストランテをやめなくていけなくなってしまった。という気持ちが強くあった。

今でもソフィアの言葉が脳裏に響き渡る。

リストランテで働かなくなって……少なくとも、どこかの誰かさんを見なくて済むようになりましたし

こちらの仕事としても依頼者に対しても相手をしっかり選んで情報は渡して来ましたので、誰でもに情報を売るようなそんな輩とは一緒にされるのは、大変失礼だとは思いますが?

ブチャラティさん。……私の心配をする為にわざわざ私の住んでる街に来てくれたんですか?情報屋をやめろと?


違うんだ。
本当に伝えたかった事は……。

君にもう危ない目にあうような事を
して欲しくないだけなんだ。

今やってる仕事を侮辱したかった訳でもないのだが、
思い返して見ても自分の再会のセリフは
最悪だったに違いない。

久し振りにあったソフィアは、
変装するためなのか、普段かけないメガネをかけていたが
そんな様子の彼女も可愛らしいとやはり思ってしまう。
別の街に移り住んだという話を聞いた時には
もう二度と会えなくなるんじゃないかとさえ思ったが

せっかく、彼女が俺たちにわざわざ依頼をしてくれたんだ。
それには精一杯答えるとするか。

鏡に映った自分の顔を見ると、
あまりの情けない顔にうんざりした。

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