ブチャラティ 長編夢

□24.Reminiscenza
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ソフィア :side





退院日の朝…
私は、病室から見える最後の景色を眺めていた。
真っ白なカーテン、窓から見える青空。
常に消毒臭い匂いが立ち込めるこの部屋は清潔さと引き換えに無個性で私以外いない寂しい部屋。

その部屋とも今日でお別れ…

本来であれば喜べるこの状況だが、今の私はとても喜べるという状態ではなかった。

彼が昨日、何かを言いかけた。

「ソフィア…話が…いや、明日退院だな。明日、午前中に来るよ」

そんな様子に心の疑惑は確信に変わる。

彼から話があると言われるであろうことは分かっていたし、
仮にそうなった時にどうするかの覚悟は
出来ていた。

別れるだなんて言わないで、
一人にしないで…
お願いだから、ブローノ。
別れを切り出さないで。

私の心はここ最近ずっとそう叫んでいた。
そんな自分の心に冷たい銃口を当てる、
拳銃を片手にした、もう一人の私の心。

ブローノをこれ以上困らせて、なんになるの?
別れを切り出す彼の心の方が辛いんだ
だから大人になれ、と。

心の中で引き金を弾いた。

最後くらいは、
涙で終わりにはしたくないもの。



… …


… …


そして、約束の時間が訪れる。


「ソフィア退院おめでとう。話があるんだ…。」

「うん、どうしたの?ブローノ…」

滑稽な事につい、私は何も知らないふりをしてしまう。
ブローノはブローノで私の態度がおかしい事はきっと
伝わってしまっただろう。

それでも彼は、私の目を真っ直ぐ見据えて言う。

「退院する日に言うのもなんだが…、

 ソフィア…

 俺は君と別れようと思うんだ」

私はその言葉に目を臥せる。

やっぱり、そうだよね…
 分かってたよ、ブローノ…

「どうしたの?突然…」

「ソフィア…。俺たちは元々住む世界が違ったんだ。それに今回の事でよく、気付かされたんだ」

私だってとっくの昔に分かっていた、
それでも貴方の側にいたいと思ったんだよ

「そうね…元々住む世界は違ったよね。あなたはギャングだもの…。」

「ああ。住む世界が違うんだって分かった瞬間に…俺は、すっかりソフィアに冷めてしまったんだ。だから別れたいんだ」

彼の言葉に涙がこみ上げそうになるのを必死で堪えた。

少しして…
私もいたって平坦な声の調子で問いかける。

「私の事、もう好きではなくなったから別れたいって事?」

彼は目線を合わせて言おうと思ったのに、彼は珍しく目線を逸らした。

「…。ああ、その通りだ。酷いと思わないでくれ、ギャングなんてもんはこんな男ばかりさ。これに懲りたらギャングには近づかない方がいいだろう」

歯切れの悪い返事…。

「そう…、貴方って最低ね。私も、今回の事であなたに冷めてしまったの。だから、この機会は丁度よかったってところね」

自分でもよく言うなと思った。
こんなにも好きで好きで仕方がない癖に…


「…、…お互いの意見が一致したってとこだな。」

「ええ。」

「あと、こうなっては君はいらないと思うかも知れないが…ここに置いておくよ」

そう言って、私の側に木箱に入ったワインボトルを置いた。

そのボトルを見て、私は最後まで意地を張り切れなかった。別れを決心しても、私の我儘に付き合ってくれたのだから…。

「…。買ってくる約束…守ってくれてありがとう」

「あぁ。俺はそろそろ行くよ。今まで本当にありがとう。Spero che tu sia felice.(君が幸せである事を願ってるよ)」

「ええ、私もよ。今までありがとう。……ブチャラティさん」

病室を静かに出て行く彼の背中に、
最後は敢えて強調した言葉を投げた。

何もない虚無で時計の針の音がうるさく聞こえていた。目線を合わせると12時…を過ぎていた。

夜中の12時ではないのに…
魔法はどうやら、解けてしまったらしい。


放心をしばらくしていたが
気がつけば目から自然と涙が溢れ、一筋の道を頬に作られる。

堰き止めていたものが、一気に溢れ出した。私は一人寂しいベットの上に崩れ込み号泣した。

彼が本当に私に対して冷めたから、
別れる事になった…だなんて到底思えなかった。

だって、そうでなければずっと
火傷の苦痛で魘されながら寝ている私のそばでずっと寄り添って手を握ってくれる訳がなかった。
彼は私が寝ている時も側にいてくれた。
以前、なかなか寝付けず、意識だけはあるが目を瞑っていた時…
その時、彼は私が眠っていると思っていたからなのか…私の手を暖かくて大きなその両手で握って

「済まない…本当に、済まない。愛してる」

と苦しそうな声で誰に投げかける訳でもない懺悔の言葉を覚えている。

だから、この決断は彼にとって本当に苦しいものだって
分かってる。

優しい彼の事だから、きっと別れる為には好きではなくなったと伝えた方が私が前を向きやすいと思ったのだろうと容易に想像できた。彼の書いたシナリオに合わせたのは、私も私で彼をこれ以上苦しめたくなかったから。

「そう…、貴方って最低ね。私も、今回の事であなたに冷めてしまったの。だから、この機会は丁度よかったってところね」

彼は私が入院してから、ずっと責められたがっていたように感じた。だからこそ本心ではない冷たい言葉を言い放った。
その証拠に言葉を受けた彼の顔は安堵しているように感じた。


本当にお別れなんだよね…

私はワインボトルを木箱から取り出して、
ぎゅっと彼の代わりに抱きしめた。
彼と一線を引かれてしまった。

これが本来普通…の事なんだろう。
今まで付き合えていた事が奇跡なんだった。

終わりが来ただけ。


それにしても、もっといい別れ方できたんじゃないかと考えてみる。

「ブローノ、別れは受け入れるけど、私はまだブローノの事好きだから」

「ブローノ、別れるだなんて言わないで。お願い、行かないで」

「ブローノ…別れるけど、友達でいましょ?」

色々と考えたけど、やっぱり…
全部の言葉が別れを切り出す彼を困らせるものだと思った。

伝えたいけど、伝えられない。

ああ、退院したら私はどうしよう。
リストランテで働くか考えていた。


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