ブチャラティ 長編夢

□1.Fortuna
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俺に話してみないか?

その言葉は今の絶望に打ちひしがれた私にとってはありがたい言葉であった。

しかし…疑問が口をつく。

「…どうして、私に?」

私はやや警戒しながら男に問いかけてみる。
知らない男に突然優しくされるという経験はこのイタリアという国では珍しい事ではない。
しかし、服を見る限り、恐らくギャング。そんな男からお酒を奢られるというのは何か裏があるのではと勘ぐってしまう。

警戒していると相手にもそれが伝わったようで、
男は少し困ったような表情で言葉を続けた。

「なに…ナンパって訳じゃない。あまりにも自分が許せないような様子だったから少し気になったんだ。…」

彼は目を伏せて、言葉を付け足す。

「俺の抱えてるものと、似てる気がしてな…」

ちらりと視線を交わす彼の目には嘘はなさそうだった。

ギャングであろう彼と私が抱えているものは似ているとは言い得ない、世界がそもそも違うはずなのに、その時の私は似ている部分を感じた。
そして、こうとも感じた。

この人は悪い人ではない。

直感的にだけど、確かにそう感じた。
自分でも一体何を考えているんだろうと思う。
見た目は『ギャング』なのだが、そこまで恐ろしい人ではないような気がした。

「だから、君の気に障ったというなら気にしないでくれ」

そう手を仰ぎ、彼は私から視線を外した。

「あ、あの…」

私は彼に興味を持った。

「少しの間だけでも…お話を聞いてもらえませんか?」

私の言葉に
彼は、はにかみ

「あぁ、勿論だ。俺から聞いた事だからな」

静かな町外れのワインバーで
淡々と心の破片を吐き出していく。



*************


ブチャラティ side:





今日は最悪の気分だった。


海に沈む錨のような、
そんな重さが心を沈める。

俺はこういう時に必ず訪れるワインバーがある。
町外れにある静かな店だ。
人も滅多に来ないからこそ、
物思いに耽る事ができる。

強い酒をぐいっと口に運びながら
今日の出来事を思い出してみる。

《麻薬》を取り扱って居る現場に出くわす度に
最悪な気分がせり上がってくる。

このイタリア中に、どうしてこんな毒が広まってしまったのか。
自分じゃ判断つかないガキに売るやつが多くいるのは許せなかった。

麻薬を取り扱っている
他のギャング(組織)を潰すのにも、力がいる。

このままでいいのか…

いや、いいわけがない。
そんな事はわかっている。

しかし、俺には力がない事は明白だ。
俺1人でどうにか出来る相手ではない。

だが、このまま俺は…

クッ…

そんな時、小さくだが、
消えて行きそうな声で

「生きることに向いていない…」

確かにそう聞こえた。
俺は隣に目をやる。

二つ先の席にうなだれた女性がいる事に気がついた。
横顔だったが、空いたワイングラスを見つめる乾いた目には、ひどく後悔あるいは絶望の色が見える。
そして食いしばった唇からは自分を責めているようにも感じた。

その時の俺はどういう訳か
彼女が自分と被っているように見えた。

俺はマスターに彼女に甘めのワインをと頼んだ。
彼女が俺の方を向く。
目があった彼女に咄嗟に声をかけてみた。

「良かったら…俺に話してみないか?」

声をかけてしまってから、気づく。
初対面の男にこんな突然話しかけられて、
彼女は気を悪くしないだろうかと。

少しの静寂。

案の定、彼女は警戒しているのが空気でわかった。

 「…どうして、私に?」

俺は正直に、彼女が自分と似ているように感じたことを告げる。話してみないか?という提案は咄嗟に出た言葉であって、別に彼女がそれを望まないのであれば無理に聞き出したい訳ではない。俺は気にしないでくれと言い視線を彼女から外した。

 「あ、あの…」

やや気が引けた様子の彼女が
俺に声をかけた。
 
 「少しの間だけでも…お話を聞いてもらえませんか?」

そう言う彼女の目は、俺が初めに見た時と違い
目には小さな揺らめくような光が確かにあった。

そして、俺は彼女の話に耳を傾けた。




*************

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