ブチャラティ 長編夢

□1.Fortuna
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序章「Fortuna」
prologo 《運命の女神》


ソフィア side:




あぁ、なんて最悪の気分だろう。

私は回らない頭を抱えながら、
目の前にある空になったワイングラスを見つめ項垂れる。
まるで、心に大きな穴がポッカリと空いているようだった。
店でかかっている洒落たジャズの音色さえ、
私の心を素通りしていくのだ。

今日の出来事をぼんやりと頭の中で思い返してみる。

今日は全てがうまくいかない日だった。
ミスを連発してしまい、色々な人に迷惑をかけ、場を混乱させた。
申し訳なさで心は真っ黒く塗りつぶされる。


なんて…なんて…無能

仕事ができない事を良しとしない性格の癖に、
完全に頭から抜け落ちたものを処理できない。
もっと前から段取りをするべきだったのに、
それが出来なかった。想定ができて居ない私のミスだ。


無能
出来ない自分

その現実に酷く落ち込み深いため息をつく。



「生きることに向いてない…」

気がつけば、誰に向けるでもない独り言をポツンと漏らして居た。

虚しさが一気に押し寄せてくる。
考えれば考えるほど今にも泣きそうになった。
今までの人生を思い返してみると、何かもかもが中途半端だったように感じる。
それでも大変だけど頑張りたいと思える仕事にようやく出会えたのだ。

その仕事にやり甲斐はある。
しかし…仕事をすればするほど
自分にはそこを任されるだけの、
その力はない事を思い知らされて苦しい。

必要とされるのは本当にデキる人間。
もしデキる人間じゃない者がそのポストに居ると
間違いなく大勢の人にそのしわ寄せが降りかかるのだ。

理想は高いがそれに届く力が自分にはないのだ。

無力感が心を支配し、じわじわと毒が全身に回るように…
黒く染まっていくような、そんな感覚が広がっていく。

心がゆっくりと死んでいくようだった。




トン


目の前にワイングラスが置かれ、
その音で現実に引き戻された。
マスターが突然、私の目の前で新しいワインを注いだのだ。
横目であの方からですと告げるマスター。
視線の先を追うと、二つ、席を離した所に白いスーツに身を包み特徴的な髪型をした奇抜な男がそこには居た。

その男と目が合う。
彼の奇抜さに目が奪われたというのもあるが、
それ以上に突然ワインを奢った彼が不思議で仕方がない。

「良かったら…俺に話してみないか?」

彼は、低く落ち着いた声で私に優しく声をかける。
その男の目は*Grotta Azzurraのように
どこか幻想的な青い瞳をしていた。
どこまでも吸い込まれるような、
それでいてまっすぐな目。

そう、これが私と彼との出会いだった。




**********






*グロッタアッズーラ(Grotta Azzurra)
イタリア南部のナポリ湾に浮かぶカプリ島の「青の洞窟」
南イタリアを代表する人気観光地である。



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