ハート短編夢

□私だけの秘密
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少年は、隈のある双眸に期待の光を輝かせながら
私に質問を投げかけた。

「お前も医者なんだろ?」

お前も…って事はこの子も医者という事なのだろうか。
いや、幼すぎるからそれはない。

医者を目指しているという事かな

「医者って言うよりは…私はまだ見習いのようなもの」

そう言うと、

「へぇ〜…じゃあ、俺と同じだな」

そう言いながら、少年は脚立にのぼり、分厚い本をとろうとするが…よろける。

「あ、あぶないっ」

私はすかさず抱きとめる。
すると、少年は顔を赤らめ…

「…は、はなせよ」

とジタバタする。私はやれやれと思いつつ少年を放すと
少年は俯いている。何か落ち込ませてしまったのだろうか…私が不安になって、しゃがんで顔をのぞき込むと…

小さな声で

「あ、…ありがとな」

と御礼をいった。
どうやら、御礼を言うのに慣れていないらしく、
その言葉はたどたどしい。

こういう所をみると、態度や言葉は大人びていても
やはり少年らしくて可愛らしい。
少年はしばらく沈黙した後、突如私の顔を見て疑問を口にした。

「お前…名前なんて…いうんだ?」

「名無しさんっていうの」

「名無しさん…。助けてくれた御礼に…お前の名前…覚えておいて…やる」

そう、言いながらこちらをみる。

「ありがとうね」

私が思わず帽子の上から頭をよしよしすると…少年は少しムッとしながら

「子ども扱いするな…お前が……。名無しさんが…怪我したら…俺が治してやるって言ってるんだ」

少年の中で『名前を覚えておいてやる』というは、
『怪我したら治してやる』の同義語だったらしい。

なんとも、嬉しい事を言ってくれる。

「ありがとう、お姉さんが怪我したら一番にきみにお願いするね」

そう言いながら…ふと気付く。
そういえば、名前を聞いていない。

名前を聞こうと再び口を開けようとする前に、
この少年が口を開く。

「お前、本…欲しがってたな…これ、やる」

「え?」

「俺がもっている中で…一番いい医療書…のはずだ…」

突如の大胆な提案に私は驚く。

「そ、そんな…私がもってっちゃったら医学の勉強できなくなっちゃうよ?」

「俺は…あの本の中身を…もう全部頭にいれてある…だから、もっていってもいいぞ」

そう言いながら分厚い本を私に手渡した。
彼が言う様に、相当いい医療書であった。
ページがすり切れているところを見ると、
この少年がいかに必死に学んできたのかがよく分かった。
目の下の隈も…
学ぶ為に睡眠時間を惜しんだ結果なのだろう。


「本当にありがとう…きみの名を…」


名前を聞こうと思ったが、
突然、世界が暗転した。


……


……


私が目を見開き、

手元をみると…
少年にもらったはずの本は手元になかった。

「起きたか…」

私が目を開くと、隣にはロー船長がいた。

「おはよう…」

私はぼやけた意識を引きづりながら
隣にいるロー船長に抱きついた。

そう、あれは夢だった。

不思議な夢。
確か…本屋さんにいって
少年と出会った夢だったと思う。

あの少年は…

ぼやけた意識の中をたどっていると、
目の前のロー船長の顔とマッチする。

「あれは、ロー船長??」

「あ?…お前寝ぼけてんのか?」

突如、大きな声をあげる私に、ロー船長は嫌そうな顔をした。

「って…お前何二ヤけてんだ…」

本当におかしな夢だったけど…
あれは確かに船長だった。

船長の子ども時代の夢。

たとえ夢でも

口元が緩んで仕方がない。

「ロー船長には内緒です」

「…あ、知りたくもねェよ」








「私だけの秘密」



ロー船長は子どもの時から、
変わらずロー船長だった。


13.06.23
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