テキスト

□Citronella
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放課後。

杏里は教室に1人残り、せっせと学級日誌を書いていた。
いつもならこんなに遅くなる事は無いのだけれど、今日は学級委員の仕事と自分の日直が重なってしまった為、いつもより少し遅くなってしまったのだ。

同じく学級委員の帝人はと言えば、次の委員会で必要になると言う書類を仕上げ、先生に提出して来るとつい先ほど出て行ったばかり。

竜ヶ峰くんもあのプリントを提出してくればもう仕事は終わるし、少し遅くなってしまったからもしかしたら紀田くんもそろそろ迎えに来るかもしれない。
2人を待たせては申し訳ないと、杏里は黙々と日誌の上にシャーペンを滑らせていた。



Citronella



――ガラリ


自分が走らせるシャーペンの音だけがサラサラと聞こえる教室に、突然教室の扉を開く音が混じる。そしてこちらへ近づく気配と上履き特有のゴムの軋む音。
このタイミングで現れるなら、正臣だろう。帝人が職員室から帰って来るには早過ぎる。
案の定、その人物が自分の机の前に立った時に、良く知った香りが鼻孔を擽った。


男だって身嗜みには気を使わないとなっ!俺みたいに女の子から常に注目されてるようなやつは尚更!
――と、いつものように冗談めかして言っていたその人物に良く似合った香りを、自分は嫌いではなかった。


日誌の記入箇所はもう後残り僅か。杏里は早く書ききってしまおうと、顔を上げぬまま、シャーペンを走らせたながら口を開いた。

「あの、すみません。お待たせしてしまって。もう少しなので」
「うん、気にしないでいいよ」

(え…?)

ここに居るはずの無い人物の声に杏里は弾かれた様に顔を上げ、ぱちくりと瞬きをする。

「竜ヶ峰、くん?」
「うん、そうだけど。どうかした?」
「…紀田くんだと思ってたのでちょっとびっくりして。職員室に行ったんじゃ無いんですか?」
「プリント提出する先生に廊下で会ったから、そのまま渡して来たんだよ」

道理で帰って来るのが早いはずだ。このぐらいの時間なら本当に教室を出てすぐぐらいに出会ったんだろう。自分たち一年生が使う校舎と職員室がある校舎は別の棟にあり、例え走ったとしてもこんなに短時間で帰って来る事が出来るはずがない。こんな事を思ってしまうのは相手に凄く失礼かもしれないけれど、運動を苦手とする帝人には尚更。

「そうだったんですか」
「うん、でも何で正臣だと思ったの?」
「竜ヶ峰くんがこんなに早く帰って来るなんて思わなかったので…」
「僕も。向こうまで行く手間省けて良かったよ」

僕らの校舎とは別棟だしちょっと面倒くさいよね、ラッキーしちゃった、と笑う帝人に、真面目な杏里は律儀にもう一つ、別に言わなくても良い理由を帝人に告げてしまった。

「あの、それから…」
「?」
「紀田くんと、同じ香りがしたので」
「!?……え、何?それどういう事!?」
「え、あの…そのままです。紀田くんがいつも付けている香水の香りがしたので…紀田くんだと思ったんです」
「………」



それからの竜ヶ峰くんは、真っ赤になって口元をずっと押さえていました。
(あの赤さは、夕日が当たっていたからでしょうか。)

その直後に紀田くんが迎えに来てくれた時も、いきなり紀田くんに詰め寄って何か怒っているようでした。
(竜ヶ峰くんが怒ることって、そんなに無いのに。)

帰り道でも、いつも竜ヶ峰くんが紀田くんの隣に居るのに、今日はわたしが真ん中でした。
(いつもは竜ヶ峰くんが真ん中なんです。)

喧嘩したようには見えなかったのですが、わたしは何か変なことを言ってしまったのでしょうか?
もしそうなら、早く仲直りして欲しいと思います。



end.
(香りすら、君色に染まる)



正臣の香水発売おめでと記念!
陽斗が日記でぼやいた「帝人の香りは正臣の移り香」云々にたいへんたぎったのでネタに拝借させて頂きましたー!

因みにタイトルは「シトロネラ」と読みまして。アロマの一種なんですが、柑橘系のフレッシュで爽やかな香りがします。
且つですね、効能効果(アロマは薬じゃ無いからこの表現は本当はダメなんですが、)に「虫除け」があるのですよ^^

2010.7.3 響城そら


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