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□無花果の花弁
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帝人が正臣にあの事を告げてから5日目の放課後。
正臣はまだ登校してきていない。

正臣が休み始めたのはあの日の翌日から。タイミング的に何となく自責の念に駆られながら、帝人は杏里と共に帰り支度をしていた。


「紀田くん、もう3日になりますけどまだ風邪良くならないんですかね…」
「…そうだね」
「竜ヶ峰くんはお見舞い行ったんですよね。様子どうでした?」

本当に心配そうに聞いてくる杏里には申し訳ないが、その問いには答える事が出来ない。
何故なら、帝人は確かに見舞いには行ったが正臣と対峙していないからだ。

珍しく何日も休んでいる親友が心配で、自ら届けに行く役を買って出たというのに。帝人は正臣の顔は愚か声すらも聞いていない。
正臣のおばさんとも昔馴染みで親しいのを良い事に、家に上げて貰ったにも関わらず届け物と書き置きを正臣の部屋の前に置いて逃げる様に帰ってしまった。

「あの…竜ヶ峰くん?」
「え、あ…その」

返事を返さない帝人に、今度は心配する対象を変えて杏里が声を掛けてくる。
どう答えようかと迷い思わず口篭ってしまったその時、ついさっきまで話題に上っていた人物の声がした。

「紀田正臣!完・全ふっかーつ!!」
「紀田君!?」
「紀田くん!」
「やぁやぁやぁ、俺とした事が3日も休んじゃうなんて、2人にはそれはそれは寂しい思いをさせた事だろう。だがしっかーし!これからはそれを埋めるべくいつも以上に足惜し気く通うからな!」

相変わらずの高いテンションと饒舌な口ぶり。
以前と変わらない正臣の様子に、帝人は安堵し、しかし僅かな違和感を覚えた。

正臣なら、体調が良くなったのであれば登校する時に声を掛けてくれるはずだ。登校中にタイミング悪く会えなかったのなら朝のHRが始まる前。もしくは遅くとも一時間目の休み時間ぐらいまでにはきっと来てくれるはず。
でも今はもう放課後。こんな帰り際になってからそんな事言うなんて、正臣らしくない。

「紀田くん、具合良くなったみたいで良かったです」

さっきまで心配していただけに安堵感も大きく、普段あまり大きく表情を変える事の無い杏里も控えめだがにこりと微笑んだ。

「おおっと!杏里にこんなまっぶしー笑顔を向けられるなんて、たまには風邪もひいてみるもんだなー!」
「え…あの…」
「ちょっと紀田君!またそういう事!」
「まぁまぁ。久しぶりなんだしちょっとは多めに見ろって。そんじゃま、仲良し三人組の感動の再会も終わったことだしちゃっちゃと帰りますかねー」

うん。
はい。
先陣を切って教室を出る正臣を追い掛けて、2人も共に帰路へ足を向けた。


相変わらず正臣が杏里を口説こうとするのに鉄槌を下し、他愛の無い話しを繰り返し、正臣が女の子に声を掛けようとするのを引き止めて。
もうここは杏里との分かれ道。

また明日とお互い手を振りあって杏里が背中を向けた後、視線は杏里の後ろ姿に向けたまま、さっきまでと雰囲気だけをガラリと変えて正臣は帝人に話掛けた。

「なぁ…帝人」

そのあからさまな変化に戸惑いを感じ、帝人が返す返事も何処と無くぎこちない。

「え、な…何?」
「今日お前んち行っていいか?話したい事あるんだ」

そう言った正臣は、4日前の帰り道に同じ事を言った帝人と同じ目と表情をしていた。



無花果



うん、と控え目に返事をして帝人は正臣と帰路を共にする。いつもとは別人の様に口を閉ざしている正臣に、今のタイミングで帝人が考え付く事は唯一つだ。
話とは確実にあの事だろう。それ以外考えられない。この状況で他の事を言い出す程、正臣は空気の読めない人間ではない。

硬く口を閉ざす正臣に、帝人は1つの結論に辿りつく。…断られる…んだろうか。
別に、僕は断られても良いんだ。だってこの世界で生きて行きたいから血を分けてくれとか、都合いい事この上無い。普通、無理だ。

一族の中でもパートナーを見つけれなかった者は少なくない。そうした者達は、もうパートナーを持たず、外見の不変を不信に思われない様に各地を転々として生きていくか、この世界で生きていく為に行きずりで人を襲うかのどちらかだ。

勿論僕は正臣以外をパートナーにする気は無い。もし断られたら、僕は一生パートナーを持たずに吸血鬼として、…化け物として生きていく、そう決めている。
正臣が隣にいない人生なんて考えられない。だから僕は、正臣が隣に居ないなら人としての生なんて要らないんだ。

ぎゅう、とカバンの紐を掴んだらカツンと慣れ親しんだアパートの階段を上がる音がしてはっと顔を上げた。いつの間にかアパートまで帰ってきていたらしい。半歩前を歩く正臣と自分の階段を昇る足音がカツ、カッ、カツンと不協和音を奏でる。それがもの凄く、耳障りだった。



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