テキスト
□ジューンブライドは訪れない
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※たぶん、大学1年生ぐらい?
突然。
本当に突然だった。
すっかり梅雨入りをして連日の雨がそろそろ鬱陶しくなってきたある日、何を思ったのか帝人が、「ピアスを開けたい」と言い出したのだ。
勿論正臣は断固反対した。
ピアスなんて帝人の身体に傷をつけるような事、いくら自分ですると言っても許せる訳が無い。正臣だってしてるじゃん、といわれればちょっと弱いが、それはそれ。これはこれ。ダメなものはダメなんだ。
しかし、あけたい、ダメだ、あけたい、ダメだ、の問答を繰り返し、最終的に「正臣とお揃いになりたいんだ」と言われ、結局正臣が折れる結果となった。
その日のうちにドラッグストアでピアッサーと念のために消毒薬を買い、帝人の家に戻ると帝人は待ちきれないとばかりにピアッサーのパッケージを開けた。
ジューンブライドは訪れない
「なぁ、本当にあけるのか?」
もう何度目か分からないその問いに、帝人はもう何度目か分からない同じ答えを返す。
「何回言ったら分かるんだよ。もうあけるって決めたの」
普段はあまり自己主張をしない帝人だが、その代わり一旦こうと決めたら其処からは梃子でも動く事はない。
付き合いの長い正臣はそんな事は百も承知なのだが、やはり問わずにはいられない。それだけ、帝人の身体に穴が開くのが嫌なのだ。
しかしもう既に開ける準備は万端に整ってしまっているし、一度了承をしてしまったんだからもう帝人には何を言ってもダメだ。
正臣諦めたように深い溜め息を吐き出すと、ピアッサーを手に取った。
「……じゃあ、こっち来いよ」
正臣はピアッサーを持って無い方の手で手招きすると、帝人は素直にずりずりと寄ってくる。お互いが触れ合わんばかりに近寄ると、正臣は空いている方の手で帝人の耳元へと手をやる。ひゃっ、と短い悲鳴を上げる帝人を余所に(心の中ではああ可愛いなぁと思ったりもしていたが)、正臣は帝人の耳たぶをふにふにと触った。
「っ、ちょっ、と…何してんの!?」
擽ったいのだろう。目を細めてその手から逃げようとする帝人。しかしそれを追い掛ける正臣の手は其処から離れる事は無い。
「んー?耳たぶ薄い人は痛くないっつーからさ、お前はどうか確かめてんの」
くすりと口元を緩めながら吐き出されたその言葉は、半分本当で半分嘘だ。
仮にも身体の一部に穴を開けるのだ。多少なりとも痛さは伴うだろうが、それでも出来れば少ない方が良い。自分が開けた時は、もうかなり前の事になるからあまり記憶は定かではないが、多分殆ど痛くなかった様に思う。それを確かめる為に、と言うのが半分。
そして、擽ったそうに身体をよじる可愛い帝人を見ていたい、と言うのがもう半分。
「もう…正臣!擽ったいよ!」
「悪ぃ悪ぃ。帝人が可愛かったから、つい。……じゃ、開けるぜ?」
言葉とは裏腹に全く悪怯れる態度の無い正臣に少しばかり膨れた帝人だが、「開ける」の一言に、思わず姿勢を正す。
膝の上で軽く握られた拳にきゅ、と、力が入る。さっきよりも距離がぐっと近くなって、正臣の手に握られたピアッサーが自分の頬の横を通り耳元に近づく気配を感じ取ると、反射的に帝人はぎゅっと目を瞑った。
‥……――バチン!
衝撃音と共に耳に刺す様な痛みが走る。実際針を刺して穴を開けているわけだから、その表現は的確だ。その今まで感じた事の無いその痛みに、思わず涙ぐんでしまった。
痛くて泣いた、なんて子供みたいで恥ずかしいからすぐにそれを拭ったのに、何故だか分からないが視界の滲みは消えなかった。
泣きじゃくるようにボロボロととめどなく出る涙ではない。少しずつ少しずつ、じわりじわりとまるでしみ出て来るように、それは視界を潤わせる。
「帝人…大丈夫か?痛かったか?」
そんな帝人を心配してか、顔を覗き込んで来る正臣。恥ずかしいからあまり見ないで欲しいのに、滲み出て来る涙を拭うのに必死でそれを咎める事が出来ない。
でも、何も言わないと正臣が心配する。
帝人は必死に涙を拭い、なんとか言葉を絞りだす。
「ちょっと…痛かった、かな」
(でも、幸せなんだ)
(お揃いの指輪はきっと出来ない僕達だから)
(これが、この痛みが誓いの××で、)
(そしてこれが指輪の変わり)
ぐずぐずとなかなか涙の止まらない帝人に、正臣も何か思うところが有ったのだろう。それ以上何も言うわけでもなく、しなだれ掛かる帝人の身体をただ優しく抱き留めていた。
「ねぇ、正臣……」
「ん?」
「もし、これ塞がっちゃったら、さ」
「また俺が開けてやるよ」
「……うん」
そしてまた、帝人の視界は滲んで行ったのだった。
end.
(こんなもので君を繋ぎとめようとする僕は、ずるいですか)
帝人のちっちゃな独占欲。
「6月の花嫁は幸せに成れる」って言うけれど、帝人は正臣となら、そんなの関係無しに幸せになれるよ!
2010.6.30 響城そら