恋愛エピゴーネン

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「郁、いいから帰るぞ」


那智さんを振り切るようにして、真田は私の腕を取った。困惑しながら彼女を振り替えれば、私と真田を睨むように見つめていた。どうすればいいんだろう、私。まっすぐ私を睨む彼女を見ていることができなくて、正面に向き直った。目の前には真田の後ろ姿しか見えない。表情が見えないせいで、真田が一体何を考えているか、全くわからなかった。ただ、がっちりと掴まれた右手首が痛い。


「真田」
「…………」
「真田ってば…!」
「あ?…あぁ、悪い」


真田はばつが悪そうに私の手首を離して謝った。随分遠くまで来たことに対してか、それとも強い力で私の手首を掴んでいたことに対してなのかはわからないけれど。


「…悪かったな、巻き込んじまって」


彼はぼそりと呟いた。そうか、謝っていたのはそのことだったのか。私は巻き込まれた、なんて思ってないのに。何だか頼りなさげな彼を見ていると、私まで居たたまれない気持ちになってきてしまう。




「…あのさ、真田」
「あ?」
「契約、終わりにしよっか」
「……は?」


虚を突かれたように、ぽかんと惚けた顔をしたのも束の間、眉間に皺を寄せて訝しげな顔をした。そして怖い声で言う。


「何でだよ」
「いや、だって」


何だかんだでお互いのことを意識しあう、ふたりの姿を見ていたくないからだ、…なんて素直に言えるはずもない。


「他に男でもできたのかよ」
「…別に、そういうわけじゃないよ」
「じゃあ何で…」
「もうわざわざ真田に付き合ってる振りして貰わなくても大丈夫だから」


友達に戻ろう。無理やり張りつけた笑顔で真田を見上げる。こんな関係になる前に、友達だったか否か微妙なんだけどね。ふざけてそう付け足したけど、真田の表情は相変わらず怖いまま。近々こんな日が来るとはわかっていたけど、まさか私が真田のことを好きになるなんて思ってもいなかったから。泣きそうになっているのを悟られたくないと思った。無理やりに笑顔を浮かべたせいか、顔が引きつりそう。

…すきだよ、なんて。いつの間にか抱いてしまった感情を素直に、真田に対してぶつけてしまえたらどんなに楽だろう。行き場の無い気持ちは宙をゆらゆらと彷徨ったままで、消えることは無かった。だって真田は冷たい顔をして、初めに言ったんだもの。女なんて信じるだけ無駄だと。今まで見せてくれた笑顔も、どこか本心ではないんだろう。きっと、好きだなんて言ったら、もう無条件に真田とは一緒にはいられない。友達ですらなくなってしまいそうだ。…だから。


「真田、ありがとう」
「…………」
「真田は優しいね、この前まではいい奴だなんて知らなかったよ」
「…………」
「だから、明日からは友達」
「…………」
「じゃあ、私帰るね」


真田は何も返事を返してはくれなかった。引き止めてもくれなかった。少し寂しいけれど、これでよかったのかもしれない。真田の姿が見えなくなって、気持ちが緩んだ途端、我慢していた涙がぶわ、と溢れてきた。


「泣いてない泣いてない」


そう呟いてみて、虚しすぎることに気付いて止めた。まぁ、いいか、真田に見られなければそれで。今は誰もいないし、もう泣いてしまえば。


「ばいばい、俊平」


結局一度も彼に向かって呼ぶことのなかったその名前を、初めて呟く。その名を呼んだら彼は、どんな顔で笑ったのだろう。



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