魔法が解けるまで

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帰宅早々、軽く夕ご飯を作ってビールのプルタブを開ける。仕事を頑張って、疲れたあとのビールは格別に美味しい。


「明日飲み会だから、夜うちに来たって誰もいないわよ」
「マジかよ」
「嘘なんかつかないってば」


ビールを二口ほど飲み、御幸の顔を見ないまま、作ったばかりの生姜焼きをつつく。御幸がこちらを見る気配がした。
明日の夜は、この間の案件で一緒になった相手会社と共に打ち上げということになっている。1つ違いで出身地もさほど遠くないと発覚した長緒さんと私は、お前達同級生なのか!それなら、となんだかうまい具合にお互いの上司に飲み会の幹事を任せられた。まず私たちは同級生じゃない、一つ違いである。しかし上司はそんなことはどうでもいいようだ。…と言うより、なすりつけられたと言った方がしっくりくる。15名ほどの、小規模といえば小規模な飲み会であるため予約もサクッと取れた。さほど面倒なわけではないが、相手方の会社の人もいるとなっては、あまり気楽な飲み会ではない。小春ちゃんと椿さんがいてくれるだけ助かるというものである。


「ここのところ、俺の方が帰ってくるの早かったもんな」
「んー、確かにしばらく忙しかったかなあ」


天井を仰ぐ。でも、あれ?なにか可笑しいな。帰ってくるの、ってさらっと言っていたけど、ちょっと待て、再三言ってるが、ここはあんたの家じゃないんだけど。何度そう言ってもへらへら笑って聞き流される。そんな反応は嫌という程返されてきたため、ただただ胡乱な視線を御幸に送ることが私の精一杯の反抗である。案の定、彼は能天気そうに笑って私の視線をやり過ごす。私の目を見ても気にするどころか楽しそうなところを見ると、おそらく私の思っていることに気がついた上で無視しているようである。


「俺も明日は飲み会だけど、俺飲まねーから迎えに行けるぞ」
「別にひとりで帰れるってば」


もう私だっていい大人だ。ひとりで家に帰ることくらい出来て当然だろう。自分の、アルコールのキャパシティだってわかっている。御幸がそんな心配性なお父さんみたいなこというなんて知らなかった。潰れた私を見てゲラゲラ笑うつもりなのでは、とマイナスなイメージが浮かぶ。


「いーんだな、行かなくても」
「なに、いらないって言ってるじゃない」


珍しくしつこい。別にひとりではないし、同僚だっているのだ。そんなところに御幸が来てみろ、帰るなんてそれどころじゃない。その居酒屋中で騒ぎにでもなってしまいそうだ。今の彼の影響力はそれほどのものであると、本当にわかった上でこんなことを言っているのだろうか。世間様に私が祭り上げられて批判されて、会社でもあれこれ聞かれるのなんてごめんだ。


「はいはい、私に構わず御幸選手は野球頑張って〜」
「可愛くねえな!」
「はいはい」


ヘラヘラしているくせに、なぜか心配性。高校時代からなんとなく、私に対する彼の過保護さは感じていた。それが数年経ってさらに悪化しているようにも思える。きっと異性としての好きとは違うのだけど、私のことが心配でたまらない、まるで、シスコンの兄のそれであった。


「持ち帰られんなよ」
「ご心配ありがとう。生憎だけどそんなつもりは微塵もないから」
「本当にわかってんのかよ」
「お父さんより心配性みたい」


私だって子供じゃないのだ。もうとっくに成人もした。そういう時は、ちゃんと自分の意思でお持ち帰られるから大丈夫。…なんて言っても逆に怒らせてしまいそうだ。何も言わずに嘆息する。彼は眉間のシワを深め、何とも言いがたい表情を作っていた。なによ。


「まあ、潰れたら呼べよ」


なんでそんな、仕方なさそうに笑うの。まるで、私がわがままを言っているみたいじゃない。
結露してきた缶を躊躇いがちに掴み、一口、二口と飲み干す。机が結露で濡れていた。ビールはさっきよりも少しぬるくなって、苦味が増したような気がした。





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