魔法が解けるまで

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今日はきちんと定時に上がった。仕事から帰ってきて、ゆっくり風呂に浸かった。はあ、気合入れて定時に終わらせたから、疲れたなあ。早い時間に上がれたから、仕事帰りにスーパーに寄って、食材を買い込んで、ついでに今日の御褒美に少し高めのアイスを買った。たまにはいいよね、少しくらい贅沢をしても。


「あんたさあ…」
「うまいよ。食う?」
「それ風呂上りに私が食べようと思ってたアイスなんだけど」
「うん。うまい」
「うまいでしょうよ。そう思って買ってきたんだから」


それで、だ。それを楽しみにしてのんびり風呂を楽しんでいたのだが、私が風呂に入っている間に入り込んだこいつがソファにゆったりと腰掛けながら悠々と私のアイスを食しているのは何故だ。食う?じゃないっつの。


「お、悪いな。今度なんか買ってきてやるから」
「…もういいわよ」
「食べ物ごときでいじけんなって」


機嫌を悪くした私に、さも愉快そうにそう笑う。こいつほんと、昔っから性格悪い。食べ物の恨みっていうか、毎回毎回あんたにしてやられていることに対する苛付きだっていつ気がつくんだ。こいつのことだから、気づいた上でやっているのかもしれない。たちが悪い。


「私は晩酌にします〜」
「はあ?ずりーな。俺のぶんも」
「そこのコンビニ行ってきたら」
「ほら、俺野球選手だからさ」
「じゃあお預けね」


風呂上りのスッピンでこんな男のために買い物に行く気力なんてない。冷蔵庫から缶を取り出して、御幸がくつろぐソファを背もたれにして床に座る。不貞腐れている御幸を尻目に、ぷしっ、とプルタブを開けてビールを流し込んだ。ああ、風呂上りに冷えたビール、これはこれでさいっこう。飲む気ではなかったからおつまみっぽいものは何もないけれど、まあいいか。あと欲を言えば、ビールは少し冷凍庫で冷やしてからにしたかった。まあいいか。


「お前、ほんといい飲みっぷりだな。可愛くねえ」
「失礼ね、ほかの飲み会ではもっと猫被るよ」
「猫かぶる必要もねえってか」
「あると思ってたわけ?」
「思ってねーけど」


飲み会の度に潰れるよりいいじゃない。御幸ごときにかわいいなんて思われたって仕方がないけれど、それはそれでイラッとくる。ああうん、そりゃああんたの周りには可愛い子や美人しかいないでしょーよ。なんて、ただの八つ当たりでしかない。


「もーらい」
「あっ」
「うめえな。今度は俺のぶんもよろしく」


誰かこの自由な男をどうにかしてくれ。


「そういやお前、週末空いてる?」
「週末?」
「そ。空いてんの?」
「空いてる、けど」
「土曜は絶対空けておけよ」


なんで。口には出さなかったが、私の怪訝そうな顔で言いたいことを大体察したのか、いいから空けておけよと、不敵な笑みを返された。こいつの誘いに応じてもろくなことなどなさそうだ。しかし、予定がないことを先に伝えてしまった今、断ろうにもしつこい御幸の誘いを断るのは至難の業であるように思える。


「わかった。家にいるから」
「よろしい」


うまい具合に掌で転がされている。毎度のことながらそう思うのだが、画期的な打開策は見つからず、もやもやした気持ちのまま再び冷えたビールを流し込んだ。


「ほらよ、一口」
「いらないわよ食べかけなんて」
「ほんと可愛くねえな」


その顔と軟派な性格でチヤホヤされてるんだから、さっさと周りの女の子のところに行ったらいいのに、この変態。私といるほうが気を遣わなくて済むからなのか、この男の考えている事は私には全くわかるはずもない。




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