恋愛エピゴーネン

□06
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結局、やんわりとした笑顔を作って真田を制し、帰ってきてしまった。あぁ、前より更に会いづらくなってしまった。溜息は既に一年分程度は吐いてしまった気がする。
このまままっすぐ家に帰る気分じゃない。そう思ってふらりといつもと違う川沿いの道を辿ると、どこかの高校の傍に出てきた。…ここは、青道?青道、と言われて一番初めに浮かんだのは真田の顔だった。夏大で当たった時の話を、楽しそうにしてくれた真田の顔。負けた試合の話であるくせに、やたら楽しそうできらきらしてたのを、よく覚えている。そして那智さんの顔。確かあの人も、青道だと言っていた。…いや、ちょっと何で私、また真田のこと考えてるの。

青道のグラウンドが見下ろせる河原の芝生に腰を下ろした。さっきに比べたら随分と気持ちは落ち着いた…だろうか。これで那智さんとくっついちゃったら、もういたたまれないな、と自嘲気味に笑う。胸が痛い。


「女の子がこんな時間にこんなとこ座ってて大丈夫なの?」
「……はい?」


頭上からからかうような含みを持った、若い声が聞こえてきた。…どこのナンパ男だ。そんな男と言い合いをする気力なんて残ってないのに、とげんなりした顔になってしまう。


「………え?」
「………あれ」


何と言ってナンパ男を追い返そうか、と考えながら頭上を仰いだ瞬間、私はフリーズした。いや、私だけじゃない。私を見下ろしながら、私と似たような反応を示すその顔には、嫌と言うほど見覚えがあった。何を隠そう、中学一年までを共に過ごした幼なじみ。私が今住んでる場所へ越してからというもの、接点は全くなかったのだけど。


「ちょっと、え?一也?」
「郁?まじで?」


少し信じ難かった。まじまじと穴が空くほど見つめると、そんなに俺イケメンになった?なんて抜かす。一回こいつぶっとばしていいですか。でも、これほんとに一也?記憶の中の一也は見た目も性格も、もっと可愛かったはずなんだけど…。白々しい視線を投げ付けると、一也はそんな私を見ながら声を立てて笑った。


「何で一也がここにいるの?」
「何で、って」


何が面白かったのか、笑い止まない一也。笑われているという気分の悪さから、少しいじけた言い方になる。私の質問に言いかけた言葉を一旦そこで止めると、一也はアレ、と眼下のグラウンドを指差した?あれ?


「俺の通ってる高校」
「一也って青道だったの?」
「知らなかったのかよ」
「よく言うよ。あんただって私がどこの高校か、どうせ知らないでしょ?」
「まぁ、そうだな」


…身長、私の方が高かったのにな。目の前の彼は見上げるくらいの高さになっていて、ちびで可愛かった一也じゃないんだな、なんて少し寂しくなった。


「地元から遠いじゃん?わざわざ通ってるの?」


中学1年の時に引っ越した私が以前住んでいた場所は、ここから少し遠かった。私ならわざわざ通おうなんて思わないから、思わず浮かんだ疑問。


「なわけないだろ。行き帰りだけで疲れちまうって」
「え?一人暮らし?それとも寮でもあるの?」
「ああそう。俺、寮生だから」


ははーん、そういうこと。だよね、寝ても覚めても野球野球で忙しい男子高校生が朝晩満員電車に揺られるのは辛いだろう。いや、近いってだけで高校選んだ私だから、尚更そう思うのかもしれないけど。


「もう暗いから早く帰れよ」
「先生みたいなこと言うね」
「うちの野球部員みたいな奴らを相手してっとこうなるんだよ。あいつらマジでガキだから」
「はいはーい、大人しく帰りまーす」
「送ってやるから」
「いいよ別に」
「はっはっは、そんな俺にお姫様抱っこされたい?」
「全力で遠慮させて頂きます」
「じゃあ早く歩くんだな」


強引になった、と思った。でも紳士的になった、とも思う。何ていうか相変わらず、わかりにくいけどいい奴だ。私は伺うように一也の顔を見上げた。


「惚れた?」
「…前言撤回」
「は?何のことだよ」
「…こっちの話よ」


駅までの道程、いざ一也と話をしてみると、見た目はこんなに成長したのに、本質はあの頃の彼のままだった。強いて言うなら、前より少し意地が、いや性格が悪くなったことくらいだろうか。相変わらず野球大好き捕手大好きな一也のままだった。とどのつまり、三年くらいの年月ではこの男は変わらないということか。


「お前って薬師だったのか」
「うん、家から一番近かったから」
「あ、そういや真田って奴、知ってるか?」
「え、ああ、うん」
「何だよその歯切れの悪い返事は」
「いや、クラスメイトなの」
「じゃあ夏休みにでも練習試合しようぜって言っといてくれよ」
「…うん」


短い返事に含ませた、複雑な心境を感じ取ったらしい。一也は私の顔を覗き込むようにして見る。目を合わせただけで、余計なことまでばれてしまいそうで、思わず慌てて目を逸らした。しかしきっと、その行動さえも一也には可笑しく写ったかもしれない。


「何だよその間は。もしかして何かやらしー関係なワケ?」
「違っ…」
「ふーん?じゃあそういうことにしといてやるよ」
「だから違うってば!」
「あー俺ってやっさしー」


だめだもうこいつ。捕手で培った観察眼は相変わらず群を抜いたものがある。敵わない。しかも確信持ったらもう聞く耳なんか持ちやしない。これ以上はもう何を言っても無駄だ。諦めた私は反論するのを止めた。あっさり諦めたことが意外だったのか、御幸ももうそれ以上は何も言わなかった。


「せっかく再会したんだ。今度、どっか飯でも行こうぜ」
「なるほど、そうやって女の子をナンパするのね」
「何言ってんだよ。安心しろ、間違ってもお前はナンパしないから」
「うわムカつく」
「はっはっは、ありがとう」
「まぁいいや、暇な日わかったらメールしてよ」
「おう。気をつけて帰れよ」
「うん。ばいばい」


なんだかんだで、駅まで送ってくれた。ひとりになると、唐突に寂しくなった。一也に少しだけ真田のこと、相談しておけばよかったかもしれない。きっと私のこと、馬鹿にするんだろうけど、結局親身になって助言してくれるんだと思う。それを気取られないくらい、さりげなく。


家に着くと、新着メールが二件届いていることに気がついた。一件は一也。もう一件は、真田。さすがに真田のメールを先に開く勇気はなくて、一也からのメールを開く。


ーー無事に帰ったか?
悩んでんだろ、お前相変わらず顔に出るんだよ。


やっぱり一也にはお見通しだったんだろう。ここは素直に甘えて、今度相談に乗ってもらおう。見返りに何を要求されるか、わかったものではないけど。…しかし、問題は次だ。真田からのメール。一度、小さく深呼吸をした。


ーー明日は一緒に帰ろうぜ。


送信時間は、那智さんと会う前、私が携帯を閉じて帰ろうと決めたあのあとすぐ。気を遣ってくれたのかな。たった一行にも満たないメール。でも、明日は、ない。もっと今まで、真田との時間を大事にしておけばよかったな。


ありがとう、好きでした。


人生で最初の告白は、彼に伝わることなく、苦い思い出として私の胸に残された。



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