Jのお題

□遠い呼び声
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「ひょっとして
あんたが新しくやってきた
ドクターか?」


「はい 赤羽蔵人と申します
よろしくお願いします」


「こいつはまた…
ずいぶんと色男が
来たもんだなあ…!」



粗末な診療所の椅子に座る
中年男性の医師は
ガリガリとペンで頭を掻き
驚いたような顔をした



目の前にいる白衣を着た
長身の男は
白い肌に黒い髪
切れ長の瞳と
まるで日本人形のような
美しい男だった



ただの白衣の姿がまるで
タキシ−ドでも着ているように
美しくきまっている樣に
男は思わず見惚れてしまい
小さく笑った


ここに来て大概の事には
驚く事はなくなったが
声を出すのも
忘れるくらい驚いたのは
久々の事だ


じろじろと頭の先から
足の先まで赤羽を見ながら
医師はいかつい指で
赤羽から渡された
書類をめくった



「……なんでこんな所に来た?
あんたみたいないいとこの
坊っちゃんならこんな所で
苦労しなくても地位も名誉も
すぐに手に入るだろうに…
それとも何か?
ハクをつけるっとかって
やつか?」


「そんなものを得る為に
私は医者になったわけでは
ありません」


「ふん…そんな青臭い事
言ってられるのも
今のうちだぞ」



「どう受け取られようと
結構です
それで患者の治療が
できるならね…」


澄んだ蒼紫の瞳は
反抗的でもなく
愛想をふってるわけでもない


ただ穏やかに輝く瞳を
見返して男は
言葉を続けた


「治療…ね…
いいかい坊っちゃん
ここは戦場だ
掘っても掘っても
また上から泥が落とされ
穴が埋まり
掘り終わる事がない
そんな日々だ
達成感なんかないぞ」


「私は自己満足の為に
来たわけでもありませんよ
そんな事より貴方のお名前を
教えていただけませんか
誰に聞いても『知らない』と
言われてしまって」


書類を無造作に机に投げ捨て
男はふんっと鼻をならした


「俺の事は『ドクタ−』でいい
他に医者はいないから
それでわかる…
でもあんたは…そうだな
ドクタ−蔵人とでも
呼ばせてもらおうか」


「名前を教えて
頂けないのですか」


「明日にでも逃げ出すかも
しれない奴に名乗っても
意味はないからな」


「そういう事ですか」


赤羽はふっとため息をついた



さっきから自分を見つめる
看護婦もここに来るまでに
会った人々もみんな
不信感に満ちた眼差しで
自分を見ていた


この地区は
医者が居つかない事で
有名な激戦区だ


前任者は
たった二週間で逃げ出したと
聞いている


わずかに抱く希望を
期待を何度も
へし折られた人々が
疑心暗鬼になるのも
無理はないだろう


だから自分はただひたすら
医師としての務めを
果たしその思いを行動で
表すしかない


「逃げ出すなら
俺が往診から帰ってからに
してくれよ」


無造作に聴診器を鞄に
突っ込みドクタ−は
診療所から出ていった
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