意味深な音楽

□意味深な音楽
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「この箱は・・・かつおぶしが入ってるんだ。何に使うの?」

桜が珍しそうに、テーブルの脇にある容器を片っ端から確認していく。

「お好み焼きにかける。多分隣は青海苔だと思う」

「ホントだ!紳一くん、よく知ってるね。でも、このマヨネーズは?サラダにでも使うの?」

「お好み焼きにつけるんだよ、好みで。たこ焼きも同じ感じ。あ、たこ焼きも食べたこと無い?」

牧のややからかいがちな口調に、桜は少し気分を害した様だった。

「あるわよ、もちろん。でもその時のたこ焼きにはマヨネーズは無かったよ」

「それじゃあ、今回チャレンジしてみたら?」

「マヨネーズ付けると美味しいの?」

桜は興味深そうに尋ねる。

「俺は好きだよ」

「そう?それじゃあ、そうして食べてみる」

桜は楽しそうに笑った。その無邪気な表情を見ると、牧は脳裏から離れない桜の艶やかな姿−ヨコシマな妄想を浮かべている事に、罪悪感を覚える。

「何にする?メニュー見ようよ」

牧は自分を誤魔化すように桜にメニューを渡した。

「そうだね・・・もちにチーズ?明太子にベビースター?へー、不思議な具材が入ってるんだ・・・」

「いや、定番だよ」

「そうなの?凄いね。私全然解らないから、紳一くん選んでくれる?」

何が凄いのかよく解らないが、桜がお好み焼き屋が初めてな事は、牧は十分理解出来た。

「豚玉山芋とか美味しいと思うよ。もんじゃとお好み焼き、それに海鮮焼そばも頼もうか」

「お願いします」

桜はニッコリと笑った。顔に血が昇るのを感じた牧は、慌てて顔を背けて注文をする。






***



牧と桜がいるお好み焼き屋は、鎌倉駅から少し離れた所にあった。一見すると店には見えないが、壁にうっすらと「TAKOSHICHI」と店名が彫られている。その文字の下には、これまたうっすらとトボケタ蛸の絵が描かれていて、ほのかな明かりがそれらを浮かび上がらせていた。ナカナカお洒落な店構えだ。

ここは、国体合宿中癒しのエロ本を持ってきた原田のいきつけの店らしい。桜がお好み焼きを食べたことが無いと、何かの拍子に知った原田からここを教えられたそうだ。しかも原田は、桜に麦焼酎のボトルを入れたというアリガタイ心遣いをしていた(牧は桜の日常的な飲酒に改めて驚く)。そんな理由により、国体が終わった十月の初めに二人はやってきたのだ。





「私、ビールはジョッキよりビアグラスの方が好きなんだ」

桜の目の前に泡立ちが美しいビールがある(最初牧の前に置かれてしまった)。

「味が違うの?」

下戸の牧はもちろんウーロン茶だ(ウーロンハイでは無い)。

「気分が違うの」

得意げに言う桜はやけに幼くて、牧は思わず笑みを零した。

「はい、じゃあ、国体ベスト4お疲れさまでした」

「ピアノデュオコンサートお疲れさまでした」

乾杯、とグラスを合わせるとカチンと硬い音がする。桜はアッと言う間にグラスを飲み干す勢いだ。

「お代わりする?」

「ん?大丈夫。次からは焼酎にする」

タイミング良く店員がもんじゃを持ってきたので、桜は嬉々としてボトルとミネラルウォーターと氷を注文した。横浜の時よりも明らかにイキイキしている。

「味付け何にする?」

牧は醤油さしを手に取りながら桜に話し掛けた。

「味付けして無いの?」

「無いよ。自分達でやるんだ」

「ふーん、もんじゃって料理じゃないんだね」

「確かに料理じゃないなぁ・・・で、味付けは?」

「お醤油系でプリーズ。あとは、紳一くんの舌におまかせします。美味しく作ってください」

「責任重大だな」

牧は笑いながら醤油や味の素をもんじゃの丼に入れていった。

「そーよ、私初めてなんだから」



初めてなんだから・・・



桜の何て事無い発言から、牧は再びヨカラヌ事を連想してしまった。雑念を振り払うように、慎重にもんじゃの味付けを行った。

「先に具だけ炒めるの?」

じゅうじゅうとイイ音を立てながら、牧は案外器用にもちチーズや野菜に火を通していく。

「そうだよ。それでこうやって・・・枠を作ったら、残りを流し込む」

炒めおわった具の山の中心に円形の隙間を作り、生地を注ぐと、溢れる事無く上手に収まった。

「もんじゃって作るのが面倒ね。大変」

「その面倒で大変な事は俺がやってるけど」

「だって、私、知らないんだもの」

しょうがないじゃない、と桜は全く悪怯れずに、焼酎の水割りを口に含んだ。牧は内心苦笑しつつ、手は休む事無く動かす。

「もう出来たよ」

「まだグツグツ吹いてるよ?」

桜は不思議そうにもんじゃを指差す。

「もんじゃはね、小さいヘラを使って、こう食べるんだ」

牧はそう言いながらヘラでもんじゃを少し取り分けると、ギュッと鉄板に押しつけて食べてみせる。



ナカナカ美味い、と、思う桜は気に入るかな?



牧は少し心配だ。

「ふーん・・・熱そう」

桜も牧の真似をする。

ふぅふぅと丁寧に冷まし、パクンと食べた。しかしまだ熱かったのか、目をギュッと瞑り口元を手で押さえている。

ようやく飲み込むと、舌を少し覗かせながら冷たい焼酎を口に含み、牧に向き合った。

「あー、熱い・・・でも美味しい。紳一くん味付け上手ね」

とろとろチーズがグゥ、と言葉を繋げながら、桜はゆっくりと食べている。牧は桜の柔らかそうな舌の残像が目に焼き付いていて、意識するまいと、もんじゃを激しい勢いで食べ進めた。

「火傷しないの?」

桜は牧の気も知らずに、ただ目を丸くして牧を見つめていた。



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