意味深な音楽

□意味深な音楽
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夏が終わった・・・



牧はIH決勝の試合終了のブザーを聞くと、そんな思いが込み上げてきた。



結局、優勝出来なかった−



力なくうなだれた高砂、大泣きしている清田、座り込んでしまった武藤、歓喜に包まれた大栄学園の選手達を見つめる神。

一人一人の姿は様々だが、どうにもならない無念さが四人から伝わってくる。

牧は最後まで共に戦い抜いた仲間の肩を叩き、センターサークルへと向う。

大きな悔しさと共に。






***



広島から神奈川に戻ってきた束の間の休日、牧は久々に海に出かけた。これからすぐ秋の国体の合宿が始まってしまうため貴重な時間だ。顔馴染みから声をかけられたり、波を乗り捌くのはそれなりに楽しかった。

そう
それは
あくまでも
それなりにだ



・・・何だろ

集中出来ないな・・・



モヤモヤした気持ちを抱えたまま海から上がると、週バスの記者がいた。牧は驚いてしまったが、ほんの数分であっても、普通に取材されたのにも驚いてしまった。

記者と別れた後、牧はシャワーを浴びる。「もう帰っちゃうの?」という周囲の声に適当に相槌を打ちながら自宅に戻った。





「あれ?もう?」

妹の希はリビングで横になってテレビを見ていて、兄にお帰りさえ言わない。

「うん、ただいま」

牧は律儀に挨拶するのに。

「ここのトコ全然サーフィンしてなかったのに。珍しいね」

希が不思議に思うのも仕方がない。いつもの牧であったら、一度海に行くとなかなか戻らないからだ。

「そんなんじゃ、ガングロキープ出来ないよ」

「お前・・・本当に煩いなぁ。あんまり口が過ぎると男から敬遠されるよ」

常日頃やられっぱなしの兄は、ささやかな反撃を試みた。

「ふっふっふっ。んなこたー無いのだよ、紳一クン」

牧はこの返事に訝しげな眼差しを注ぐが、希は余裕綽々な笑顔だ。

「お前・・・嘘なんか吐かなくても良いんだぞ」

「・・・ボード壊して差し上げても良くってよ、お兄さま」

「はい、スミマセン」

希は本当にやりかねないので、直ぐ様形だけでも頭を下げる。

「本当に彼が出来たの?」

ピノアイスをお徳用ボックスごと持ってきた牧は、希の斜向いに腰を下ろした。

「もしかして、兄として心配とか?」

これ幸いと、希は牧の持ってきたピノアイスを数個鷲掴みにする。

「俺はお前より相手が心配だな」

「・・・バスケのユニフォームも捨てて差し上げて良くってよ、お兄さま」

「はい、冗談です」

兄の威厳はマイナスと言って全く差し支えが無い。

「ほら、音楽コースの実技試験って公開制じゃない」

「何だ実技試験って?」

牧の質問に希は吹き出す。

「音楽コースは音楽を勉強するトコじゃない。演奏をテストしないと!」

「そんなモンなのか」

「紳ちゃんって、本当にお母さんの息子?」

希は結構な溜息を吐いた。

「それで実技試験がどうしたんだ?」

牧は妹の感慨はスルーして話を促した。

「最近実技試験の見学者が多くてさ、音楽コースの学生達の演奏姿を見て、憧れる輩が増えたんだ。それで私も手紙とか貰っちゃって・・・紳ちゃんの妹が、どこかの誰かのアイドルになっちゃったんだよ!どーするよ!」

希は嬉しそうに笑いながら、牧の肩をかなりの力で叩いた。痛い、肩も、妹も。

「手紙貰っただけじゃないか」

「うむむ・・・そりゃあさ、紳ちゃんは慣れてるだろうよ。女の子なんて押せ押せで、好きな相手にどんどんアタック出来るもの。男なんて、自分から中々告白しないじゃない。臆病だし、フラレルの怖がっちゃって」

桜とのメールさえ中々出来ない牧には、中耳炎になったかと思うほど耳に痛い言葉だ。

「だから、勇気を振り絞って手紙をくれた人には感謝なの。付き合うかどうかは別だけど・・・これも山藤三姉妹のおかげだよ」

「へ?何でだ?」

希の長いお喋りの間、牧は黙々とアイスを消化していったが、聞き捨てならない台詞に咀嚼を止めた。

「ちょっと、もうアイスがカラッポじゃないよ!全く・・・ああそうそう、話の続きね」

希は気を取り直して再度話し始めた。

「ほら、音楽コースに山藤三姉妹が揃ったでしょ?学校内外で人気があるんだよね。特に桜さんなんか今が旬だから、学内の生徒だけじゃなくて、外部の人がチラホラ見に来てるんだ」



外部の人?

桜を見に?



牧はピノアイスで冷えた身体の体温が、瞬時に戻ったような気がした。

「山藤さんは、そんなに人気なの?」

何気ない風を装うのも一苦労だ。

「そりゃあ日本音コン優勝で雑誌の特集組まれたし。一番人気でしょ」

「一番?順番があるの?」

「う〜ん。一番桜さん、二番碧ちゃん、三番晶さんって印象だな」

「晶さんが三番?」

確かに三姉妹はそれぞれに可愛らしいが、牧は晶が最下位な事にビックリしてしまった。

「ん?紳ちゃん何で晶さんの事知ってるの?」



しまった!

喫茶店で三姉妹と遭遇したなんて話して無い!(詳しくは『意味深な音楽・Tea For Two』にて)

誤魔化せ、俺! 



「えっと・・・」

「ああ、文化祭や教会のコンサートで会ったか」



ナイスフォローだ!

我が妹よ!



牧は心の中で希と一方的なハイタッチを交わした。

「晶さんはね、原田先輩がいるからなぁ・・・」

「原田?」

「二年の原田玄人先輩。晶さんの終身名誉伴奏者」

「終身・・・?」

兄の疑問だらけの顔が可笑しかったのか、希はケラケラ笑った。妹のこの反応に、当然の如く牧はムッとする。

「ゴメンね。紳ちゃんって我が兄ながら何か可愛くてさ」

「ともかく、原田って誰なんだ?」

兄として不満は溜まるが、話を促した。

「原田先輩はね、作曲専攻なんだけどピアノが凄く上手なの。晶さんのヴァイオリンにベタ惚れで、晶さんの伴奏は全部原田先輩がやるみたい。いつも二人は一緒にいるから、ファンも近寄りがたいんでしょ」

「ふーん・・・二人は付き合ってるの?」

牧の脳裏には、晶を想う余り、とろける様な笑顔の隠せない仙道が浮かんだ。

「ん?付き合っては無いって話なんだけどね」

「ふーん」

牧は何となくホッとした心地であった。

「まぁ、山藤三姉妹は人気は人気でも、色々と難しいよね」

「何が?」

「あんな高嶺の花に勇猛果敢にアタック出来る男なんて、中々いないでしょ?って事」



高嶺の花、か

確かにな・・・



牧は桜のふわりとした笑顔を思い出して、切なくなってしまった。

「ま、だから逆に言えばチャンスがあるけどさ」

「・・・何で?」

希は牧を憐憫に満ちた表情で見つめた。

「あのね、桜さんに、憧れる輩が、沢山いても、実際に、口説く行為に、移せる連中は、少ないって事よ。解る?」

希は歯切れよく嫌味ったらしく言った後、突如として微笑みながら、こう言葉を繋げた。

「だから、紳ちゃんに、チャンスは、あるんだよ」



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