陵南高校物語〔海〕

□陵南高校物語〔海〕その10
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「新入生歓迎演奏。チェロ独奏、二年五組山藤碧。ピアノ伴奏、二年五組、牧希。フランク作曲、チェロソナタより第四楽章。」


「可愛い!」
「サラサラの髪・・・。」「アイドルみたい!」


「よく聞いとけよ、我が後輩達・・・。」


越野は嬉しそうに二階席から拍手を送っている。


一昨年と去年に引き続き、山藤三姉妹の末っ子である碧が、入学式を迎えた新一年生達に演奏を披露している。


美しい主題が次々と転調しながら再現され、チェロとピアノにより奏でられる。チェロの重厚な響きとピアノの華麗な音色により、伸びやかで魅力的な演奏が生まれている。











「やっぱりチェロの方が好きかな。」


晶が呟く。


「元はヴァイオリンソナタなのにな。」


原田が答える。


「フルートでやったよこれ・・・。ピアノが凄く難しくて、クソケナーが新島ちゃんをボロクソに注意してた。結局新島ちゃんは、伴奏のレッスンに行かされたんだよね。」


涼子がその当時を思い出したのか、苦笑している。


「嫁さんの晴れ姿はどうだ?越野。」


「植草、嫁さんって止めろよ・・・いや、うーん、どうだろ。んー・・・ボチボチだな。」


「ボチボチ?」
「偉そうに!」


女二人が笑い声を堪える。


「碧ちゃんチェロ上手いじゃないか。」


仙道が笑いながら越野に話し掛け、福田も頷く。


「越野、人前で碧を誉める事を恥ずかしがるな。それに、他人の前で自分の彼女を悪く言ったり貶す事は一番やっちゃいかん。」


原田がわざとらしく眉間に皺を寄せる。


「原田君素晴らしい・・・ワタクシ森野は感激しました!それではコッシーも彼女自慢をどうぞ!」


「いや、あ、あのな・・・うん。碧ちゃんは上手だよな・・・うん、凄く上手だ・・・。」


暗がりの中でも、越野の顔が赤い事が容易に解る。


「越野は相変わらず素直で可愛いヤツだ。彦一、チェックしとけよ。バスケ部副部長の最大の弱点だ。」


「解りました原田さん!」


彦一は秘密のノートに書きなぐっている。越野は舞台上の碧から目が離さず、その眼差しは真っすぐに碧に向かっている。













何と!越野は碧と付き合う様になったのだ。しかも碧から告白したらしい。


この事実を聞いた時、開いた口が塞がらなかった涼子は、「今ならまだ引き返せるよ!」と碧に詰め寄ってしまった(後で越野から強烈なデコピンをくらった)。


越野の喜び様はもちろんだが、碧も幸せそうに一緒にいる。碧が一方的にからかいがちだった越野とのやりとりも、今では碧が越野に甘える風なのだから、変われば変わる物だ。


そして、さらに・・・。


「しかし、バスケの連中は陵南のベッピンを奪いすぎだな。あの桜までだぞ!しかも他校の野郎に。」


原田が大げさに嘆く。


「まさか桜さんと牧さんが付き合うとはビックリです!聞いたときホンマたまげました!」


彦一が“大学版秘密ノート”を開いている。


「ふけ顔カップル。」


晶の呟きに皆が小さく笑う。


「でも、せっかく付き合うのに、遠距離恋愛なんて大変。桜さんはいつからフランスに行っちゃうの?」


「あっちは9月からだからね・・・。まだ2・3ヵ月はいると思うよ。りょーこちんはいつでも来てOKって言ってた。」


「もちろん!音楽祭とかサマースクールとか桜さんと一緒に行きたい!」


「桜さんは牧さんで、碧ちゃんは越野さんで、涼子さんは植草さんや!あー、ワイもベッピンな彼女が欲しい!」


「彦一は彼女よりバスケだろ。しかし、山藤三姉妹の最後の砦が山藤、か。」


植草の呟きに福田がわざとらしく仙道を見るが、彼は気付かない振りをして舞台に視線を動かす。前の席の晶はというと、妹の演奏に集中している。


ひそひそ話も落ち着き、皆が気を取り直して碧のチェロを聞く。ここ最近不調だった碧の音楽だが、今は自信に満ち溢れ輝く様だ。


演奏が終わると、以前の二人の姉達と同じように拍手が鳴り止まない。「ブラボー!」の声も出て、碧は嬉しそうに笑う。越野も溶けるような笑顔だ。
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