倉庫@


□桜ん坊 
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目の前に二つの球体がある。


いずれも大きさは等しく、小さな私の手のひらにも容易に収める事ができる。


球体≠ニ称したが、実際は完璧な球ではなく僅かに窪んでいる箇所がある。


そこから若々しい水草のような、薄い翡色の茎が伸びてもう一方の球体と結びついている。


この球体の色だが、それはそれは美しかった。


山間に沈みゆく夕陽を取り巻いている茜雲や、全てを飲み込み消し去ろうとする猛々しい緋色の豪炎とて、この美しさには敵うまい。


真紅から始まり、緋、赤、紅、淦、橙、蜜色とその他にも、肉眼では捉えきれない無数の色が絶妙に絡み合って存在している。




そこまで回想した菊はほっと溜息を吐いた。


「どうしたんだい菊、食べないんだったら俺が貰うよ」


背後からアルフレッドの声が聞こえ、慌ててそれを口に含む。

つるっとした滑らかな感触。

プチッ

歯で切れ込みを入れると子気味良い音と共に、中から果汁が溢れ出てきた。

酸っぱくて甘くて瑞々しい果汁が。

柔らかい果肉を味わい、最期に残ったのは種だった。

そっと吐き出し屑篭に捨てる。


「もっと食べるかい?まだまだあるんだぞ」


勢いよく机に置かれた皿。

大盛りの桜ん坊。

手を伸ばし一つ手に取った。

ふと横を見ると、幸せそうな顔で口いっぱいに頬張るアルフレッドの姿。

横目で見ながら桜ん坊を口に入れる。


「アメリカンチェリーとは、よく言ったものですね」

「何か言ったかい菊」


青い瞳がこちらを見る。


「いえ」


プチッ

真紅の皮を突き破り、果汁が爆ぜる音が響いた。


「何でもありませんよ」



end
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