読み物(No.6)

□7.寒い夜
1ページ/2ページ

「寒い!」



紫苑は、ベッドの上に座り、ブルッと身を震わせると毛布を被る。



今日は、西ブロックに来てから一番の寒さだと、紫苑は体を縮こまらせる。



毛布の隙間から爪先が出ているのに気が付き、丁寧に毛布を被せる。



「…ネズミ。」



簡易ストーブの前で、本を読んでいるネズミを呼ぶ。



「……」


本に夢中なのか、返事はない。



もう一度、ネズミを呼ぶと、気だるげに頬杖を付いていた手から顔を挙げる。



「なに?」



短く答えると、返事も待たずに視線を戻す。


「ベッドに来ない?」


紫苑の唐突な発言に、指に引っ掻けていた頬が滑り落ちそうになるのを、慌てて抑制すると紫苑へと向き直す。




「…えっ?今、何て言った?」



ネズミにしては珍しく、少し慌てた口調に紫苑は首を小さく傾げる。


毛布に顔を半分埋めるような状態で、上目遣いに続ける。



「…ベッドに来ないかって聞いたんだけど……一緒に寝よ?」




少し頬を染めて、小さく呟く。




ネズミは、紫苑に視線を向けたまま本を閉じる。



「あんた、今度はどんな本読んだんだ?」



からかうような口調に紫苑は眉を寄せる。



「…どんな本って何だよ?…この部屋に置いてある物しか読んでないよ。」



不満そうに、毛布を引っ張り挙げる。



「……」



「…寒いよ、ネズミ…」



毛布で口許を覆ったまま、くぐもった声で囁く。




ネズミは立ち上がると、テーブルの上に本を置き、紫苑の前に立つ。



少し腰を屈め、艶のある濃灰色の瞳で、紫の瞳を覗き込む。



「…じゃあ、言葉を変えよう。…おれにどうして欲しいんだ?」




「…どうって…」



困ったように視線を逸らすと、毛布を広げて顔を挙げる。




「…入らない?」




ネズミは大きく息を吐き、少し目線を逸らすと、悪戯を思い付いた子供の様に口角を持ち上げる。




紫苑の広げた毛布を奪い、そのまま紫苑の体をベッドの上に縫い止める。



「えっ?!…なに?」


動揺の色を浮かべる紫苑の顔の両側へ腕を付き、ネズミは更に身を屈める。



ネズミの指先に、薄闇を映す白髪が絡まる。



互いの息が頬に掛かる。



「…なに、ってあんた、自分の言ってることわかってないの?」



唇が触れるか触れないかのぎりぎりの距離で囁く。




「…ネッ」



ネズミと言うより先に重ねられる唇。



触れるだけの優しいキスの後、「誰がどう聞いても、誘ってるようにしか聞こえないんだけど。」なんて紫苑の耳元で甘く囁く。




紫苑は途端に頬どころか首筋まで真っ赤に染め上げると、ネズミの胸を押し返す。



「…あの、いや、…そんなつもりじゃなかったんだけど。」




「…じゃあ、どういうつもりだよ?」



ネズミの吐息が紫苑の鼓膜を震わせる。



「…今日はとても寒いから……んっ」



首筋の赤い蛇行をペロリと舐めあげられ、紫苑の体は小さく震える。



「…寒いんだろ?」



いつもより少し低いネズミの声。



「いやっ…うん。…そうなんだけど…」



左の耳朶を軽く甘噛みされ、益々早鐘を打ち始めた心臓に戸惑う。


紫苑は抵抗していた腕で、ネズミの口許を覆う。




「だから、一緒にくっついて寝たら暖かいかなって……ネズミ?」



紫苑に口を塞がれたまま、小さく震えるネズミに驚いて慌てて腕を解く。



「…ごめんっ。息、出来なかった?」



相変わらず組伏せられた状態で、心配そうに声を掛ける。



ネズミは、紫苑の左の鎖骨に額をつけたまま小さく笑い声を洩らす。



「…あんた、ホントに言葉選んだ方がいいぜ…」




ネズミはすっと顔を挙げると、艶やかな笑みを浮かべ、紫苑の頬から唇に掛けて指先でなぞる。




「…襲われても、文句が言えないようなセリフ。」




濃灰色の瞳に見つめられ、紫苑の長い睫毛が震える。



「…わかんないよ…」


そういう面には特に疎い自覚がある分、紫苑は困ったように瞼を閉じる。




睫毛が朱をさした頬に影を落とす。




ネズミはふっと溜め息を吐く。




「おれ以外にそういうこと言ったら、あんたの身の安全は保証できないぜ?」





まあ99%無理かな、なんて言いながらくくっと身を震わせる。




「きみ以外に言わないよ。」



意外にはっきりとした口調で、ネズミを見詰める。
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ