読み物(No.6)

□3.意地悪
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「ネズミ…ネズミったら!」



また、こんなとこで寝てる…


紫苑は大きく溜め息をつく。


ネズミは、読み掛けの本を膝に載せ、椅子の上で転た寝をしたまま、返事もしない。




「こんなとこで、寝てたら、風邪引いちゃうよ。ベッドに行かないと。」




紫苑は呆れたように、ネズミの腕を引っ張る。


が、ネズミは瞼さえ開けようとしない。



「…ネズミ、熟睡しちゃってるの?」


まったく反応を示さない相手に、紫苑は顔を寄せる。



長い睫毛が、寝息に合わせて小さく揺れている。


「…ホントに寝てる…?」



紫苑は、もう一度溜め息をつくと、ネズミを背中に担ごうと、ネズミに背中を向け、両手を引っ張る。


…が、ネズミの体は、殆んど動かない。


「おっ、重い…」



いくら、体格がネズミより多少劣るとはいえ、あまりにも持ち上がらなさすぎである。




「あれ…?」



紫苑は、首を捻るともう一度、力を入れ、ネズミを持ち上げた。





「うわっ!」



と、思ったらそのままひっくり返り、ネズミごと椅子の上に落ちる。



椅子が大きくしなり、悲鳴を上げる。


「ごめん!ネズミ大丈夫?!」


ひっくり返るとは、夢にも思ってなかった紫苑は首だけ捻ると、ネズミに謝罪の声を掛ける。





「…くっ」


小さくネズミの声が洩れる。



「えっ?ネズミ、苦しい?痛かった?」





紫苑は慌ててネズミの上から飛び退こうとするが、ネズミの腕に阻まれて、微動だにできなかった。


ネズミの肩が小さく震える。



「…ネズミ?」



紫苑は、心配そうに覗き込む。




途端に、響く笑い声。


ネズミは、紫苑の肩に頭を預け、堪えきれない笑いに身を揺すっていた。



「…ネズミ、いつから起きてたの?」



いつの間にか、椅子の上で、どうみてもネズミの腕の中に収まっているようにしか見えない紫苑が、不機嫌そうに呟く。




「…さあな?」



「最初っからだろ?」




「…いつが、最初だよ?」



「…あー言えば、こー言う。」




小さく頬を膨らませる。




その表情が、可愛くて益々笑いが止まらない。



「おれは、気持ちよく転た寝してたのを邪魔されたんだ。」



何が悪いとでも言うように、紫苑の頭をポンポンと叩く。



「風邪引かないように、ベッドへ連れていってあげようとしたのに…おかしいな、とは思ったんだよ…」



ネズミは、ぶつぶつと腕の中で呟く白髪に、顔を埋める。


紫苑の甘い香りが、鼻孔をくすぐる。



「…じゃあ、おやすみのキスを戴けますか?陛下」



それならば、ベッドまで御供させていただきます…ネズミの囁きが、紫苑の耳朶を震わす。




「…えっ?!」



明らかにひっくり返った声色と、首筋まで赤くした甘い香りの持ち主に、更に気を良くして続ける。



「…風邪引かせたくないんだろ?」




紫苑は、ネズミの腕の中で何やら暫くもぞもぞしたかと思うと、力の抜けた腕から身を翻した。



煌めくような白髪と目の縁まで赤くしたその色合いが、妙に色気を醸し出す―――



ちゅっ。



ネズミのおでこに軽く触れる唇。



「…おでこかよ…」



「ちゃんとベッドで寝てよ!」




自分の役目は果たしたと言わんばかりの表情で言う。



真っ赤な顔して、何を偉そうに…

慣れない行為に戸惑う紫苑を見ていると、益々意地悪な気分になる。





「おやすみのキスはここじゃなかったっけ?」



ネズミは自分の唇を指先でなぞると、紫苑の唇を同じようになぞる。




触れた唇がぴくりと震える。



「まさか、お別れのキスじゃなきゃ出来ないってことは、ないよな?」




ネズミの誘うような唇に、紫苑は目眩を覚えた。


思わず、ぎゅっと目を閉じる。



今、血圧を測定したらびっくりするような数値が出るだろうなとか、訳の分からないことが頭をよぎる。



「…キスしてもいいの?」




紫苑のセリフにネズミが目を見開く。



「…あんた、ホント極めつけの天然だ…」



「どういう意味だよ…」



薄く開いた紫苑の視線を受けながら、ネズミは紫苑の髪を指先で弄び、ゆっくりと頬を寄せる。



もう一度、紫苑の唇に指先で触れ、何かを言おうと開きかけた唇に自分のそれを重ねる――




ゆっくりと、角度を変えて何度もついばむように重ねる。


紫苑の下唇を甘く噛み、薄く開いた口腔内へ舌を差し込む。


されるがままの紫苑の舌を絡めとる。
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