読み物(No.6)
□2.告白
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「大分、片付いたな。」
部屋に帰って来たネズミは、積み上げられた本の間を難なく通り抜けると、本棚を整理していた紫苑の方へと近づく。
体を屈め、その足元に置いてあった古い洋書を持ち上げ、本棚に寄りかかるとパラパラとめくる。
小ネズミのお気に入りの一冊を、紫苑がわざと避けて置いていたものだ。
紫苑の肩の上で耳を掻いていた小ネズミが小さな声を上げ、ネズミの腕へと駆け上がる。
チチッと鳴くと、鼻をピクピクと動かしながら、まるで物語を読んでいるかのようにネズミの手元を覗き込む。
「一週間で片付ける約束だからね。今日は毛布と…救急ケースが出てきたよ」
紫苑は、はにかんだような笑みを浮かべた。
四年前のあの嵐の日に、紫苑がネズミの手当てに使った、それであった。
見た途端に懐かしさが込み上げ、それと同時にネズミが救急ケースを残してくれていたことがわかり、嬉しかっった。
たったそれだけのことが、紫苑には特別なことのように感じてしまった。
紫苑は、何かに気が付いたように、本棚を整理していた手を止め、ネズミの方へ近寄る。
手にはめていた作業用の手袋を外すと、近くに置いていたタオルを掴む。
何も持っていない方の指先で、ネズミの漆黒の髪にゆっくりと触れる。
外は霧雨でも降っているのか、ネズミの黒髪はしっとりと濡れていた。
紫苑にとって、薄暗い部屋の中では直接触れることが、何よりの確認方法であった。
「…やっぱり。ネズミ、濡れてるじゃないか。」
紫苑は、しょうがないな、というようにネズミの髪をタオルで覆う。
ネズミの表情を確認しながら、まるで小さな子供にでもそうするように、優しく丁寧に拭きはじめる。
「…これくらい、あんたじゃないんだから、大したことない。」
ネズミは苦笑すると、紫苑の手を振り払い、持っていた本を紫苑に押し付ける。
身を翻すと、近くに置いてあった椅子に腰を下ろす。無造作に前髪を掻き上げる。
小ネズミはいつの間にか棚の上に移り、二人の様子を窺うように見下ろしていた。
「風邪引くよ?」
納得がいかないというように、紫苑がタオルをネズミの前にかざす。
「生憎、そんな柔な体に出来てないんでね。…あんたも、他人の心配をする暇があるんなら、手を動かしたらどうだ?約束なんだろ?」
ネズミは肩を竦めると、受けとる気はないといったように胸の前で腕を組み、紫苑を真っ直ぐに見据えた。
深い湖の底を思わせる灰色の瞳。
この瞳に見つめられる度に、何もかも見透かされたように感じてしまう。
紫苑は、ネズミの真っ直ぐな瞳に見つめられる度に、胸の鼓動が早くなるのを感じていた。
虚構や嘘ではない、真実だけを映す瞳には自分はどんな風に映っているだろうか…
「君のことが心配なんだよ…」
目を逸らすことなく、ネズミを見つめながら言葉を発する。
気持ちが昂っていたせいか、声が掠れていた。
「…他人の心配をする前に自分の心配をしたらどうなんだ?あんたはこの先、No.6に帰ることも出来ず、自分の力で生きていかなきゃならないんだ。周りに気を使ってる場合じゃないだろ?」
もっとも、あんたがあそこ以外で生きていけるならだけどね――そう付け加えながら、皮肉屋はにやりと笑う。
「…そりゃ、これからのことも考えないといけないのは、わかってるよ。でも、ぼくは君に助けてもらったからこそ、今こうして生きていられるんだ…君の手助けが出来るなんておこがましいことは思っていないけど、……何か少しでも役に立ちたい…。」
紫苑は一度言葉を切り、深く息を吐く。
「君に気を使っている訳じゃないんだ…ぼくがしたいからしてる。」
紫苑は言葉を探しながら、うまく伝えられない思いを口にする。
「それに…ぼくはこのまま君の傍で生きていたい。…君の傍に居たいんだ。」
ネズミはわざとらしく、呆れたように頭を振る。
「よくも、そんなセリフが出てくるもんだな…」
「どういうことだよ?」
ネズミの意味ありげな仕草に少しムッとする。
「…わかってないのか?――紫苑、あんたおれのこと、口説いてるみたいだぜ…」
上目遣いに紫苑を見上げ、艶やかな笑みを浮かべる。
思わず見惚れてしまう。
紫苑は、自分自身の体温が一気に上昇したのがわかった。