読み物(No.6)

□2.告白
1ページ/3ページ

「大分、片付いたな。」



部屋に帰って来たネズミは、積み上げられた本の間を難なく通り抜けると、本棚を整理していた紫苑の方へと近づく。



体を屈め、その足元に置いてあった古い洋書を持ち上げ、本棚に寄りかかるとパラパラとめくる。


小ネズミのお気に入りの一冊を、紫苑がわざと避けて置いていたものだ。


紫苑の肩の上で耳を掻いていた小ネズミが小さな声を上げ、ネズミの腕へと駆け上がる。

チチッと鳴くと、鼻をピクピクと動かしながら、まるで物語を読んでいるかのようにネズミの手元を覗き込む。

「一週間で片付ける約束だからね。今日は毛布と…救急ケースが出てきたよ」



紫苑は、はにかんだような笑みを浮かべた。




四年前のあの嵐の日に、紫苑がネズミの手当てに使った、それであった。


見た途端に懐かしさが込み上げ、それと同時にネズミが救急ケースを残してくれていたことがわかり、嬉しかっった。



たったそれだけのことが、紫苑には特別なことのように感じてしまった。


紫苑は、何かに気が付いたように、本棚を整理していた手を止め、ネズミの方へ近寄る。

手にはめていた作業用の手袋を外すと、近くに置いていたタオルを掴む。


何も持っていない方の指先で、ネズミの漆黒の髪にゆっくりと触れる。

外は霧雨でも降っているのか、ネズミの黒髪はしっとりと濡れていた。

紫苑にとって、薄暗い部屋の中では直接触れることが、何よりの確認方法であった。


「…やっぱり。ネズミ、濡れてるじゃないか。」


紫苑は、しょうがないな、というようにネズミの髪をタオルで覆う。

ネズミの表情を確認しながら、まるで小さな子供にでもそうするように、優しく丁寧に拭きはじめる。



「…これくらい、あんたじゃないんだから、大したことない。」



ネズミは苦笑すると、紫苑の手を振り払い、持っていた本を紫苑に押し付ける。



身を翻すと、近くに置いてあった椅子に腰を下ろす。無造作に前髪を掻き上げる。



小ネズミはいつの間にか棚の上に移り、二人の様子を窺うように見下ろしていた。
「風邪引くよ?」

納得がいかないというように、紫苑がタオルをネズミの前にかざす。

「生憎、そんな柔な体に出来てないんでね。…あんたも、他人の心配をする暇があるんなら、手を動かしたらどうだ?約束なんだろ?」



ネズミは肩を竦めると、受けとる気はないといったように胸の前で腕を組み、紫苑を真っ直ぐに見据えた。


深い湖の底を思わせる灰色の瞳。




この瞳に見つめられる度に、何もかも見透かされたように感じてしまう。


紫苑は、ネズミの真っ直ぐな瞳に見つめられる度に、胸の鼓動が早くなるのを感じていた。


虚構や嘘ではない、真実だけを映す瞳には自分はどんな風に映っているだろうか…




「君のことが心配なんだよ…」


目を逸らすことなく、ネズミを見つめながら言葉を発する。


気持ちが昂っていたせいか、声が掠れていた。


「…他人の心配をする前に自分の心配をしたらどうなんだ?あんたはこの先、No.6に帰ることも出来ず、自分の力で生きていかなきゃならないんだ。周りに気を使ってる場合じゃないだろ?」

もっとも、あんたがあそこ以外で生きていけるならだけどね――そう付け加えながら、皮肉屋はにやりと笑う。

「…そりゃ、これからのことも考えないといけないのは、わかってるよ。でも、ぼくは君に助けてもらったからこそ、今こうして生きていられるんだ…君の手助けが出来るなんておこがましいことは思っていないけど、……何か少しでも役に立ちたい…。」



紫苑は一度言葉を切り、深く息を吐く。


「君に気を使っている訳じゃないんだ…ぼくがしたいからしてる。」



紫苑は言葉を探しながら、うまく伝えられない思いを口にする。



「それに…ぼくはこのまま君の傍で生きていたい。…君の傍に居たいんだ。」



ネズミはわざとらしく、呆れたように頭を振る。


「よくも、そんなセリフが出てくるもんだな…」



「どういうことだよ?」

ネズミの意味ありげな仕草に少しムッとする。


「…わかってないのか?――紫苑、あんたおれのこと、口説いてるみたいだぜ…」




上目遣いに紫苑を見上げ、艶やかな笑みを浮かべる。

思わず見惚れてしまう。

紫苑は、自分自身の体温が一気に上昇したのがわかった。
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ