読み物(漫才)
□2.着替え
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「あ・ゆ・む〜♪」
妙に節を付けて人の名前を呼びながら、声の主はガチャリとぼくの部屋のドアを開けた。
「えっ?!何でおまえここにいんの?…ってか、ノックくらいしろっ!」
ぼくは制服を脱いで部屋着に着替えていた所で、ちょうど万歳をしてるような中途半端な格好になっていた。
「えっ?あっ、お母様と玄関口でお会いして…歩は中に居るからって……入れてくれたんやけど…」
いつもと比べてえらく歯切れの悪い物言いを不思議に思いながらも、そういえばさっき買い物に行くって言ってたなと思い当たる。
着替えていたシャツをズボッと被り、頭を出す。
「悪いな。すぐ着替えるから…」
そう言って秋本に視線を遣ると、妙に紅い顔で…しかも視線が泳いでいた。
落ち着かない様子でキョロキョロしながらも、時折チラッとぼくの腹部の辺りに視線を走らせている。
視線の先はまだ何も身につけていない素肌の部分で…
「ちょ…!あっ、…バカッ!何見てんだよ!」
その仕草の意味に気が付いたぼくは、慌ててシャツを下ろす。
「あり得ない!…ってか、何だよその顔はっっ!」
秋本は目尻の下がったにやけた顔で照れくさそうに頬を掻きながら、ぼくの方に向き直る。
「いや〜…あんまりにも歩が色っぽくて焦ったわ…」
いやいや参った参ったなんておっさんみたいなセリフを吐きながら、ぼくの許可も得ること無くベッドの上に腰掛ける。
慣れた態度が堪に障る。
「おまえはどこのエロオヤジだよっ!」
「オヤジちゃうで〜。健全な中3男子やで〜。」
ニヘッと笑って、ぼくを見上げる。
そんなポンスケみたいな顔したって、騙されないぞ。
「健全な中3男子が、男の着替え見てにやけた面するのおかしいだろっ。…ハッ、まさか体育の着替えの度に他の奴等の着替え見てにやけてるのか‐‐‐ヤバッ!」
「そうなんや。もう色とりどりで参っちゃう。…って、んなわけないやん!他の男の着替えや見てもキモいだけやで。」
楽しそうにノリツッコミをした後に、ぼくより一回り大きな手が手招きをする。
おいでおいでするその手に従うのを拒否して、一歩後退する。
「好きな子の着替えを見てしもたら、ドキドキするのは当たり前やないか。」
こっちの様子などお構い無しにさらっと出たすごいセリフに、言われたこっちが紅くなる。
あぁっ!何も考えず、こいつの前でのんびり着替えたぼくがばかだった…!
「おっ。そんなに可愛らしい顔して、そうかぁ。そんなに嬉しかったんかぁ。」
うんうんと勝手に納得してる秋本に、ぼくは更に一歩下がる。
「ばかっ!お前に言われて嬉しい訳ないだろっ。」
メグに言われるなら、どんなに嬉しいかも知れない言葉でも秋本じゃへこむだけだ。
「そんな心にも無いこと言わんでもかまんて。あゆむ〜こっちおいで。隣空いてるで〜。」
「何でベッドに誘われなきゃなんないんだよ!」
しかも、それぼくのベッドだし。
「まっ!歩ったらやらし〜わぁ…ナニする気よぅ〜」
秋本はわざとらしく両頬に手を当てて、恥ずかしそうにクネクネと身体を揺する。
「やらしーのはどっちだよ!心配しなくてもおまえとは何の進展も無いからっ。残念でした!もう用が無いなら帰れよ。」
ぼくは秋本に対してはズケズケと酷いことも言ってしまう。
言った後すぐに言い過ぎたかなと後悔し、不安になって秋本の様子を確認する。
でも傷付いた表情一つせず、ポンスケに良く似た優しい瞳が変わることはなく、あるはずのない尻尾まで振っている。
変わらないそれにホッとしつつ、それでも秋本との間合いを取ることを忘れない。
「ツレナイわぁ〜貴ちゃん淋しい…。遊びに来たんやないか。そんなに離れてたら話しにくいで。」
「話すだけに距離なんかカンケーないだろ?」
ベッドから腰を浮かそうとする気配を感じ、ぼくはもう一歩後退する。
「うわっ!」
下がった拍子に足元のテーブルにつまずき後ろ向きに引っくり返った。
‐‐‐はずだったのに
ぼくの身体は、秋本の腕の中に収まっていた。
「ふぅ〜…危ないやないか。間に合うて良かった。」
耳許で、秋本の少し低めの声が響く。
鼓膜を震わすそれにドキリとする。