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□だから僕等は空を見る
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そこにはいつも、花がある。
風化した化石に埋め尽くされ、主を失ったこの町は殺風景というよりも寂しげだった。
乾いた風が頬を撫でる音さえも、妙に耳に残る。
しかし、この湖だけは違った。
そこかしこに見える四季折々の花たちが来るものを楽しませていた。
ここは数年前まで、名も知らない草花しか生えていなかった。
だが、今日は夏の始まりに相応しい向日葵の明るい花びらが湖畔を彩っていた。
誰が植えたのかは分からない。
けれど、そこに感じる思いは同じだと思えた。
「愛されてるってカンジじゃん?」
にしし、と独特の笑い声を上げてユフィは空を見た。
青い。
絵筆で伸ばしたような白い雲が時折横切るだけで、後は青一色の空だった。
余りにも透明なその色は何だか頼りなげだった。
それは、初めてウータイを飛び出した日を思い出させた。
あの日の空も、ちょうどこんな抜けるような青空だった。
空には色んな顔がある。
空は、自分の心の鏡だから。
そう言った彼女には、旅立つ日の空はどのように映っていたのだろうか。
「ねぇ…エアリス?聞いてほしいことが、たくさんあるよ…」
今は、この薄い色合いが寂しいとユフィは思えなかった。
美しいと、素直に思えた。
彼女が眠るこの地には、墓標がない。
けれど、その代わりとばかりに美しい花びらが彼女を見守っていた。
ユフィは手に持つ花束を眺めて、苦笑した。
生まれてこのかた、握るものは手裏剣ばかりだった。
初めて、こんな花束を買った日のことは今でも覚えている。
だが、そんなことで躊躇ったり恥ずかしがったりする自分はもういない。
それが何だか、くすぐったくもあり誇らしくもあった。
彼女は、花束をゆっくりと湖に浮かべた。
ゆらゆらと揺れる花束は、まるで踊っているようだった。
重みを失った手が寂しく、後ろ手を組む。
じんわりと、手のひらに汗が滲んだ。
「ねぇ…聞いてる?」
彼女の言葉に答えるように、風が吹いた。
一枚の花びらが頬を掠めた。
それはまるで、彼女からの返事のようだった。
もう、年下になってしまったけれど。
もう、思い出しても涙を流せないけれど。
大切な、友達。
手を広げて、目を閉じる。
また吹いた風を全身で受け止めた。
汗をかいた額に、冷たい風が心地好い。
彼女がやっていたように大きく息を吸うと、花の香りがした。
ユフィは笑って、目を開けた。
もう、花束は湖に沈んでいた。






「千客万来やな〜」
ぴょこん、ぴょこんと大きな音を立てながらデブモーグリが跳ねる。動く度に小さな機械音が湖畔に響いた。
モーグリの頭に乗っかった、ネコ型のロボットがしたり顔で何度も頷く。
ケット・シーは勢いよく地面に降り立ち、また頷いた。
「今日も綺麗やで、エアリスはん」
そう呟き、湖畔に花を置く。
風が冷たくなってきた。
夏が終わり、もうすぐ秋が来る。
機械仕掛けの体には分からない、温度というものを彼は感じたような気がした。動く度に音が鳴るこの身体には、伝わらない筈なのに。彼は何かを確めるように、小さな手を閉じては開き、また閉じては開いた。
「うん…」
一つ大きく頷いて、ケット・シーは静かな水面を見た。
「わてなぁ…お勤め人してる時は、こう思っとったんや…」
返事はない。
その代わりに、風で水面が揺れた。
彼は尚も、一人で続けた。
「物事を為し遂げるのは、『特別』な…『選ばれた』もんだけやって…」
握る、開く。握る。
ぐっと、小さな拳に力を入れた。
「わては、それを遠くで眺めて拍手するんや」
ぱちぱちぱちぱち。
彼はおどけた仕草で手を鳴らした。
ぴょん、ぴょんと飛び跳ねては手を叩く。
笑顔で固定された顔と相まって、まるでサーカスのピエロのようだった。
「…でもなぁ…」
ぱちんっ。
一際大きな拍手をして、彼はだらりと手を下ろす。
「違ったんやなぁ…」
違うんやなぁ、とまた呟き、小さな猫は首を傾げた。
「ありがとう」
ケット・シーは、深々と頭を下げた。
額を腹にくっ付けるように、深々と。
そして、身体を起こして胸に手を当てる。
ここにはいない、誰かを想って祈りと感謝を捧げた。
「ありがとう。あの時も、そして今も励ましてくれて…ありがとうなぁ、エアリスはん」
そっと見上げた空は薄い水色で、どこまでも続いていた。
広く底無しの宇宙の切れ端の何処かに、彼女はいるような気がした。
「頑張ってるで〜!褒めてや〜エアリスは〜ん!」
ただ、笑ってほしい。
こんな自分を見て笑ってほしい。
そう願い、彼はまた拍手をした。
色褪せた葉に音を乗せるように、軽く軽やかに彼はまた手を打った。
何度も、何度も。











「あぁ?来年だとっ?」
大きな声が、静かな森に響き渡った。
枯れ葉がかさかさと、宙に舞う秋空の下。
花に溢れた湖畔に踞ったバレットは、小さな包みを見て顔をしかめた。
「あんだよ、今植えても来年にしか咲かねぇのかよ…」
ちっ、と忌々しげに舌打ちをし、気を取り直したようにスコップを手にとる。
武骨な手には小さすぎるスコップ。
けれど、彼はそれを軽いとは思えなかった。
私、好きだよ。
バレットの手は、皆を守ってくれるから。
そう言って、笑った彼女の手はとても細かった。
小さくて、白くて、細くて。そして、少しかさついていた。
守るものがある手だと、彼は思ったものだった。
スラムの冬は厳しい。
鉄で覆われた腐ったピザの下は、まるで雪国のようだった。
だが、その中で彼女は花を育てていた。
それは簡単なことではなかった筈だ。
それでも、彼女はきっと笑って花を売っていたに違いない。
命を守り、育てるのがいかに大変なのかを彼女は知っていたから。
だから、笑えたのだろう。
見返りなんて求めないからこそ、彼女はいつも笑っていたのではないか。
そう、思えた。
ざくざくと、柔らかい土を掘ってゆく。
やがて出来た小さな穴に種を入れて、また土を被せる。
銃を仕込んだ片腕はまるで役に立たず、その作業はとてもやりづらい。
けれど、彼は丁寧に土をかけてゆく。種を守るように、そっと。
「花を育てるのは時間がかかるもんなんだな、エアリスさんよぉ…」
答えるものは、誰もいない。
ただ、地面に敷き詰められた枯れ葉がバレットが動く度に音を立てた。
「…女は強ぇなぁ…本当によぉ…」
スコップを置き、ギミックアームに触れる。
それは冷たく、とても硬い。
鍛え上げた自分の筋肉すらも比べ物にならない程に、硬い。
冬場は継ぎ目がじんじんと痛むことさえあり、新たな義手にしろと娘や仲間たちにさんざん言われてきた。
ただ、壊すだけの兵器。
けれど、違った使い方も出来るのではないかと、彼は思っている。
もう、壊すだけではないから。
自分にも、何かを育めると知ったから。
「…大丈夫…」
もう、壊さないから。
緑で覆われたコレル山に眠る妻に、花に囲まれて眠る彼女に誓った。
今日植えた種は、どんな花を咲かすのだろうか。
柄じゃないと、やはり妻は笑うだろうか。
彼女も、笑うのだろうか。
彼女たちから教わった強さは、柔らかく温かい。
この花も、そんな風に咲くといい。
そう、バレットは思った。
落ち葉が風に舞った。薄く、高い空を踊るように。
その向こうに妻がいるような気がして、彼はそっと片手を上げた。













頬に、柔らかい何かが触れた。
じんわりと頬の熱を奪ったのは、小さな水滴だった。
そっと、空を見上げる。
白い雲に覆われた空から、綿のような雪が降っていた。
「…雪か…」
冬は深まり、寒さは厳しさを増してゆく。手袋をしていても、指先がぴりぴりと傷んだ。
だが、それもこの地に来ると不思議と和らぐ。
それは、彼女の気配のせいだろうか。それとも、仲間たちの優しさのせいなのだろうか。
今日も花に囲まれている湖を見て、クラウドは静かに笑った。
「今日は一段ときれいね」
首からぶら下げたカメラを持ち上げ、マリンがにっこりと笑った。
花と雪に彩られた湖畔は、静かな美しさがあった。
ぎゅっと、小さな手を握り締める。
白いミトンに包まれた手は柔らかく、とても温かい。
冬を越え、春が訪れたら。
また種を植えよう。
この星を愛した彼女が、寂しくないように。
彼女がいつも笑っていられるように。
「あぁ…本当に…綺麗だ」
粉雪が舞う湖畔の向こう側で、雲が切れた。
そこから覗いたのは、水のような透明な空だった。
美しい、空だった。
彼女が見たなら、きっと歓声を上げただろう。
空に滲む笑顔に応えるように、クラウドは片眉を上げて静かに笑った。遠い空に思いを馳せるように、そっと。
そんな彼を見て、マリンも微笑んだ。
カシャッ。
軽いシャッター音が冬空に響いた。











だから僕等は空を見る











例えこの手が空に届かなくても。





2012.9.24
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くるみ


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