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□ラスト・ダンスを君と
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腹の底に響く太鼓の音。
神々に祈るために古より伝わるリズム。
音楽が絶えることなく鳴り響き、岩壁を切り抜いた建物に反響していた。
赤褐色の土壁に夕陽が当たると、灼熱の溶岩のように見えた。隣に座る炎の獣の毛並みと同じ色だ。
いつ来てもここは独特だ、とユフィは思った。
時に廃退的、時に先進的。
故郷ウータイともミッドガルとも違い、あらゆるものに調和した土地だった。
今、二人の視界を消えゆく太陽が埋め尽くしていた。
流れる雲と空に残り火を灯す太陽。ほんの少し顔を出した夜と混ざり合う、不思議な時間だった。
「ビンゴ!やっぱりねっ」
ユフィはにやりと笑った。くしゃくしゃになった一枚の写真を見せながら、誇らしげに言った。
「絶対ここだと思ったもん!さっすがユフィちゃん!」
コスモキャニオンの頂上には遮るものなど何もなかった。紅く染まる只々広い空と雲、そしてセピア色の写真からすら感じられたこの星の鼓動。風に吹かれた赤土に、小さく揺れる草花。
目に映るもの全てが思った通りだった。
「いい眺めでしょ?ここ、オイラのお気に入りなんだ!クラウドも気に入ってくれたんだよ!」
ぱたぱたと尻尾を振るナナキはまるで仔犬のようだった。本来は威圧感すら感じる隻眼は、今や愛くるしく輝くばかりだ。
「ここはね、オイラの『約束の地』なんだ。きっときっと、そうなんだ!」
「…『約束の地』?どゆこと?」
「内緒だよっ!」
ぷいっと勢いよく顔を背けたナナキはにやにやと笑っていた。
何だか子供に馬鹿にされたようで悔しく、ユフィは頬を膨らませた。素早くナナキの前に回り込み笑顔を捉えた。
「何もったいぶってんのさ!そこまで言うなら全部言えっつーの!」
仁王立ちで立ちはだかるユフィに負けじと、ナナキは立ち上がって距離を取った。まるで臨戦態勢だった。
「言えないよっ!クラウドにだって言わなかったんだから………っ!」
そこまで言って、ナナキは気まずそうに俯いた。
対照的にユフィは勝利を確信してにんまりと笑った。
びしっと指を突きつけ高らかに彼を追い詰めた。
「分〜かった〜!それってそれって…エアリスとの約束…でっしょ〜?」
くるくると指で円を描きながら、ユフィは不敵な笑みを浮かべた。
「なっ!そっなっことっなっないよ!」
何度も頭を振って否定するナナキを、ユフィはにやにやと眺めていた。
烈火の如く逆立った鬣は何かに刺さってしまいそうなくらいだった。
「……尻尾、立ってるよ…」
嬉しくなれば揺れ、むきになればなる程に逆立つ紅い尻尾。何よりも雄弁なこの尻尾が憎たらしくて仕方がなかった。
ナナキは更に俯き、小さな小さな声で呟いた。
「……言えないよ…。これは、約束なんだ。エアリスとオイラの、二人きりの約束なんだ」
風が舞った。小さな花びらが紅い空へ旅立ち、ユフィの鉢巻きを揺らした。
低く掠れた声はまるで地鳴りのようだ。予想に反した悲しみを帯びた声に、ユフィは何も言えなくなった。
きゅっと眉をひそめ、ナナキの言葉に耳を澄ます。
「だから…誰にも言っちゃいけないんだよ…」

「なら、その約束は無効じゃな」
突然降って涌いた陽気な声に、二人は慌てて振り向いた。
「じっちゃんっ!」
「ホーホーホウ!お邪魔…じゃったかのぅ?」
ふわふわと宙を泳ぐ不思議な老人がそこにいた。
ナナキの親代わりであり、コスモキャニオンの長老ブーゲンハーゲンは歌うように先を続けた。
「ナナキよ…。青春…じゃの〜」
ふわりふわりと空中を歩く老人は、夕日に照らされると神々しささえ感じた。
黙りこくる二人に近付き、ブーゲンハーゲンはにやりと笑った。黒眼鏡に瞳を隠されていても、そのひょうきんさは隠せるものではなかった。
「あの時も…青春しとったのぅ〜」
「!あの時…ってじっちゃん、もしかして…!」
ブーゲンハーゲンはくるりと背を向けて肩を竦めた。
「ホーホーホウ!いかんのぅ〜。年寄りは意外と耳がいいんじゃ〜。デェトならもっと場所を選ばんとな〜ナナキ」
「ひどいよ、じっちゃん!盗み聞きなんて!」
「ホーホーホウ!盗み聞きはな〜親の特権なんじゃあ」
全く悪びれる様子のないブーゲンハーゲンに、恥ずかしさの余りに地面に突っ伏すナナキ。
一人取り残されたユフィは、腰に手を当て声を張り上げた。
「ちょっとっ!全っ然話が見えないんだけどっ!」
ちらりとこちらを見上げるナナキの瞳は、羞恥で滲んでいた。
相変わらず踊るように宙を舞うブーゲンハーゲンは、吹き付ける風に飛ばされてしまいそうだった。
老人は風を感じながら優しく言った。
からかいを含まない、長老としての威厳を感じさせる堂々とした声音だった。
「ナナキ。命は廻る、ライフストリームに乗って…」
彼は痩せた皺だらけの手をかざした。そして、その手に触れる風をいとおしそうに眺め、言った。
「そうして星を廻り、命は星に還り…また新たな命が産まれる。それが自然の理じゃ。じゃがのぅ…生きている者は弱い。星へ還った者への想いを、星に縛り付けることで昇華しようとする」
「……………」
「じゃがな…それはエゴじゃ。生きている者の、単なるエゴなんじゃよ…。命、想い、全てが星に還った時にまた新たな出逢いが生まれるんじゃ。お前さんがしていることは、あの娘さんの新たな旅立ちを遅らせてしまっているだけなんじゃないかのぅ…」
もう彼女はいない。
そんな子供にでも分かる理屈が、初めて理解できた気がした。
ナナキの瞳から涙が溢れる。彼は地面に逞しい四肢を食い込ませ、声を殺して泣いた。
風に紛れて聞こえるブーゲンハーゲンの声が、妙に心地好く感じられた。
「解き放ってやるんじゃ。どんな小さな想いだとしても、それはその者の欠片。ナナキ…星に還してやりなさい」
ナナキは小さく頷いた。星へ還った彼女を想って、そっと。



『……寂しい、ね…。仲間がいないと…寂しいよね…』

そう言って彼女が泣いた、あの日。
並んで座って、見上げた夕日は禍々しい程に紅かった。

『旅に出てから、ね…よくね…聞こえるようになったん、だ…。助けて、助けて、って…。あなたしか、いないって…。助けてって…星が、泣いてるの…』

膝に顔を埋めて泣く彼女の背は震えていた。
寂しさか怖さか、彼には分からなかった。

『私…どうしたら、いい、のかな…?どうして、私…なの、かなぁ…?私、何も出来ないのに…。私、何も…知らないのに…』

様々な感情がない交ぜになった、細い叫びだった。
彼にはその全ては分からない。だが、たった一つ分かる想いがあった。

『ねぇ…エアリス…。オイラも同じだよ。オイラも…独りだよ…』

ぴたり、と彼女の嗚咽が止まった。

『オイラは四本脚だ。エアリス…オイラは二本脚が羨ましいよ。じっちゃんも谷の人たちも、皆二本脚だ。どんなにどんなに頑張っても、オイラは四本脚なんだ…』

エアリスは静かに聞いていた。
涙に濡れた頬を拭いもせず夕日をじっと眺めていた。

『でもね…オイラは戦士セトの息子!四本脚は誇りなんだ!でも…でもね…やっぱり、独りは寂しい時もあるんだ…。エアリスはいいな…二本脚で!仲間がたくさんいるじゃない!』

ぎゅっと抱き締めてくれた彼女の細い腕の温かさは、今も覚えている。

『だから…エアリスは独りじゃないよ!オイラもエアリスの独りの仲間だよ!』
『じゃあ、私もレッドの仲間、だね…』

二人で抱き合って、子供のように泣いたあの日。
思い出すのが少し気恥ずかしい、あの夕焼け空。
そして、交わした約束。
大切な大切な、二人の約束。

『ね、レッド…。もしかしたらまだいる、かな?私たちの、仲間…』

『いるかもね!四本脚や星の声が聞こえる仲間が!世界は、広いもん』

『ふふっ。なら、仲間に会えたら、今日のこと…その人に、話そう?寂しくって…泣いちゃったよ、って…』

『じゃあ、それまではオイラたち二人の秘密だね!』

『もちろんっ!だって私たちは、独りの仲間なんだもの!』



紅い空の下で笑い合ったあの日。
二人だけの秘密だった。

(エアリス…ごめんよ…)

ナナキはそっと口を開いた。彼女の、そして自分の想いを解き放った。

(…いってらっしゃい)


まるで懺悔のような静かな声だった。宙に舞う花びらが余りにも綺麗で、ユフィは何だか胸が苦しくなった。



「ねぇ…じっちゃん、ユフィ…。オイラ、ちゃんとエアリスを見送れたかな…?」
「ホーホーホウ!さぁなぁ?それは星が決めること、じゃよ」
「でも、サヨナラじゃないよ…」
ユフィは足元の草花をそっと摘んで立ち上がった。
花を掲げて、にっと笑うと二人を見て明るく言った。
「星を廻ってるんでしょ?なら、いつも一緒にいるじゃん!でもさ…今日だけはちゃんと言うよ…」
彼女は握っていた手をぱっと開いた。
強く吹いた風に連れ去られ、小さな花は夕闇に消えていった。
「…いってらっしゃい…」
ひらりひらりと舞う花びらはまるで踊っているようだった。

『いってくる、ね』

そう彼女に言われたようで、ユフィは大きく手を振った。
「いってらっしゃ〜い!でも、早く帰ってきてよね〜」
ぴょんぴょんと跳ねながら手を振るユフィに負けじと、ナナキは天に向かって吠えた。友の旅立ちを祝して思い切り。
谷に響き渡る咆哮は、眼前に迫る大きな太陽が吸い込んでいった。

(さよならじゃなくて、またね…だからね)

また泣いてしまったことはやはり気恥ずかしかった。
彼女は笑っているのだろうか。それとも、泣いているのだろうか。
ナナキは紫色に染まった空に向かって、また吠えた。





ラスト・ダンスを君と



オイラたちは、独り。
でも、オイラたちは二人。
二人きりの独りぼっち。




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mai様に捧げます。
2011.2.3
くるみ


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