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□マイ・リトル・バード
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君は誰かって?
そう聞かれたら、こう答えよう。
君は君。
たった一人の君だよ。



「はぁ〜おいしいねぇ…」
大きなとんがり帽子を目深に被った少年が、ふぅっと満足げに息をついた。
旅人や旅行客でごった返す大衆食堂。
がやがやと賑わう食堂に、彼の幸せそうな溜め息が溶けていった。
円卓の上に各々が頼んだ料理が並び、少年は一口食べては喜びを表していた。
隣に座っていた黒髪の美しい少女が、そんな小さな魔道士の姿を見てくすくすと笑った。簡素な旅の衣装でも、その美しさは隠せていなかった。
その微笑みにあっさりと魅了された男がいた。
少女の隣に金髪の少年だ。くるくると動く尻尾が彼の活発さを引き立てている。彼は勢いよく立ち上がると、少女に手を差し伸べながら芝居かかった口調で語りかけてきた。
「俺は何食べても美味いんだ。隣にダガー、君がいるなら…」
「なぁにを言うか!この猿がっ!姫様を口説こうなど、百万年早いわ!」
彼の隣に座っていた大柄な男が、大きな足で少年を蹴り飛ばした。動く度に全身を覆う騎士の鎧ががちゃがちゃと鳴った。
「ちっ……。ダガー、愛の試練に俺は負けないからな!」
「まだ言うか!貴様!」
尚も口論を続ける二人を、涼やかな声が止めた。
「愛の試練なんて頼んでないわ、ジタン?それと…スタイナー?」
「ははっ!何でしょうか、姫様!」
ジタンと呼ばれた少年は不穏な空気を察知し、大人しく椅子に座り直した。
そんな空気をぴくりとも感じない大男…スタイナーに少女がはっきりと言った。
「今の私は姫じゃないわ。ダガーよ」
「ははっ!姫様!」
「…スタイナー……」
質実剛健を地で行くスタイナーに、ダガーの真意は伝わらなかったようだ。
溜め息をつくダガーの横から、フォークを持った細い腕がスタイナーの皿の前にひょいと飛び出した。
「おっさん、分かんねぇかなぁ?ダガーは怒ってんだよ」
ジタンはぶすっと勢いよくスタイナーの皿の肉にフォークを突き刺し、そのままの勢いで口に運ぶ。
「あぁっ!拙者の肉!貴様よくも〜!」
喚き立てるスタイナーを無視し、ジタンはスタイナーとダガーの間でおろおろする少年を見た。彼はにやにやと笑いながら、フォークを動かして少年を試すように言った。
「いいか、ビビ。男を上げたかったら躊躇はいけないぜ。俺たちのダガーの為に戦うんだ」
その言葉に帽子から覗く少年…ビビの円らな瞳がきらきらと輝いた。こくっと小さく頷くと、手に持つフォークをざくっとスタイナーの皿の上の一際大きな肉に突き刺した。
「あぁぁ!ビビ殿まで〜!何故そんなことを〜?!」
戦利品をもぐもぐと食べるビビに、スタイナーは何とも情けない声を上げた。
スタイナーの影からジタンが力強く右手の親指を突き出した。ビビは嬉しそうに肉を頬張りながら、同じように親指をぐっと上に向けた。
そんな二人の間を、漆黒の戸張が遮った。
ざくっ。
テーブルに手を付き、ダガーがスタイナーの皿に残る最後の肉を仕留めた。
ダガーは流れた髪を指先で優雅にまとめながら微笑んだ。そして、ゆっくりと肉を味わい出した。
「ひ、ひ、姫様!何とお行儀の悪い!女王陛下も悲しまれますぞ!!」
「…スタイナー」
ふぅっと一息吐くと、ダガーはフォークをぴょこぴょこと動かしながら言った。
「今の私はダガー。姫様でも何でもないわ。もう二度とお姫様扱いしないで」
ぴしゃりと言い放ったダガーにジタンは口笛で、ビビは拍手で賛辞を送った。
一方、がっくりと項垂れたスタイナーは野菜しか残されていない皿を見ながら、弱々しい声音で言った。
「ははっ…。しかし…自分にとって姫様は姫様であります…。一体、どうしたら…」
弱り果てた騎士に助け船を出したのはジタンだった。
頬杖をつきながら自分の皿を差し出し、ぽつりと言った。皿の上にはまだ沢山肉が残っていた。
「別に接し方まで変えなくていいさ。ただ、『姫様』っていうものを取っ払って『ダガー』っていう人間を見てやれよ。あんたの言い方だとな…」
ジタンは皿をスタイナーの前に置き、そのまま右ストレートを軽くお見舞いした。薄い手袋越しにも、鎧のひんやりとした感触が伝わってきた。
驚いたように目をしばたかせる大男に、ジタンはにやりと笑った。すると、機嫌良さそうに尻尾も揺れた。
「まるで『姫様』じゃないダガーには、何の価値もないみたいだぜ?違うだろ?」
「勿論だ!」
スタイナーは何度も頭を振った。
がしゃんがしゃんと音を立てながら、何度も何度も。
それを満足げに眺めたジタンは、肩を竦めて笑った。
「ならさ〜きちんと呼んでやれよ、『ダガー』ってさ。一人の女の子として扱ってやれよ。『姫様』じゃないダガーも、すげーいいと思うぜ」
臆面もなく恥ずかしい台詞を言ったジタンの隣で、当のダガーと何故かビビまでもが頬を赤く染めた。
「勿論である!姫様…いやダガー殿は素晴らしいレディである!貴様とは全く釣り合わないほどな!」
剣の如く、スタイナーはフォークをジタンの皿の上の獲物に振り下ろした。
むしゃむしゃと頬張りながら鼻息を吐くその姿は、照れているようにも喜んでいるようにも見えた。
続くスタイナーの二撃目をジタンは持ち前の素早さで軽くかわした。
皿を片手で持つジタンは、ギャルソンのような丁重さで礼をした。
「騎士殿、食事中はお静かに…」
慇懃な口調のジタンをフォークを握り締めて睨むスタイナー。何とも滑稽なやり取りに、ダガーとビビは吹き出した。
円卓に笑みが広がった。
ジタンがちらりと隣を見ると、ダガーの笑顔があった。目が合うと、彼女は口の動きだけで礼を言った。
彼は満足げにフォークを掲げると、残りの料理を平らげにかかった。
こんなにも美味しい料理は初めてだった。



「お〜い、ダガー!」
食堂を出て、宿に戻る道中。ダガーは明るい声のする方を振り向いた。
振り返った先には案の定、満面の笑みのジタンがいた。
「ジタン、今日はありが…」
髪を掻き上げながら言うダガーの言葉を遮るように、ジタンはすっと拳を突き出した。
「………?」
ダガーは小首を傾げながらその拳を見返した。
そんな彼女を急かすようにジタンは早口で言った。
「ダガー、手出して!手!」
「え?え?」
慌てて華奢な両の掌を差し出すと、冷たい何かを落とされた。
近づけて目を凝らすと、蝶の形をした銀の髪飾りが手の中にあった。
細工が細やかで、羽にきらきめくラインストーンが夜目にも鮮やかだった。
「ジタン…これ…」
ダガーは、驚きながらも笑みが広がるのを止められなかった。
目の前のジタンは、そんな彼女の様子が嬉しくてたまらない。
「ダガー、いつも頑張ってるからな。何かしたくてさ…」
ジタンは優しく目を細めて、そっと髪飾りごとダガーの手を包み込んだ。
彼の心のような掌のぬくもりが、少しずつ彼女に伝わってきた。
「今日もよく頑張ったよ、な?」
笑うジタンを見ながら、ダガーはふと思った。
ジタンは、いつも笑っている。
優しい微笑み、好戦的な笑み、子供のような大笑い。
ダガーが今までの旅を思い出すと、いつも彼の笑顔が傍にあった。
世間知らずで何もできない自分。思いすら上手く他人に伝えられないような、無力な自分。
何故そんな自分が、この過酷な旅を続けてこられたのかが分かったような気がした。

どうして…今まで気づかなかったのかしら…)

漸く見つけた真実はダガーの口を途端に重くした。予期せぬプレゼントへの感謝を伝えようとしたが、ジタンの手を見つめるだけで精一杯だった。
「ま、そんなの抜きにして似合うと思ったんだ。ダガー、おしゃれも我慢してただろ?」
「……………」
図星を指され、ダガーは顔を赤くして俯いた。しかし、頬の熱の原因は分かっていた。
早鐘のような心臓が痛かった。
「女の子が可愛く着飾るのに、いいも悪いもないさ。むしろいいね!」
腕を広げ、大声で笑うジタンからはいつもの軽薄さは感じられなかった。猫のように大きな瞳は、夜闇にも負けない輝きを放っていた。

(いつもそうやって、私に笑ってくれていたのに…)

ダガーは自分の鈍感さを誤魔化すように、殊更丁寧に髪飾りをつけて、ジタンに負けじと笑った。
「そうそう、その笑顔。俺が一番好きな顔だ」

(私もよ…)

ジタンはダガーの頭を優しく撫でた。
「俺はいつでもダガーの味方だ。誰を相手にしたって怖くない。例え、あのおっさんだってな」

(私だって…)

その優しい掌にじっと身を任せながらも、ダガーにはこの距離がひどく遠く感じられた。そして、言葉を返せない自分がもどかしくてしょうがなかった。
「ダガーの笑顔が見られるなら、きっとどんなことだってできるんだ…俺。すごいだろ?」

(私もよ…。きっと私もそうなのよ、ジタン…)

暗闇に蝶が舞った。募らせた思いを晴らすかのように、蝶は鮮やかに舞い上がった。
ダガーはそっとジタンに身を寄せると、素早く耳打ちをした。
ふわりと上品な香りがジタンの鼻先をくすぐった。だが、香りの余韻が消えぬうちに輝く蝶は飛んでいった。
ジタンが驚いて横を向くと、そこには真っ赤な顔の少女がた。
その瞳に揺らめく思いに応えるように、彼の目許は和らいだ。
優しい、優しい微笑みだった。
ジタンにとって、それ以外に答えはなかった。
小さな声だが彼には確かに聞こえた。小鳥のような囀りが。
姫でもない、旅の仲間でもない、たった一人の少女のちっぽけな声。
誰にも渡せない、言の葉が。


マイ・リトル・バード


君は僕だけのお姫様。
僕がずっと守るよ。
だから聴かせて、優しい声を。
僕だけに…そっと、そっと。
そのためならどんな時だって笑えるんだ。
本当さ。



2000hitリクエスト
mai様へ捧げます。
2010.11.24 くるみ


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