小説

□弐壱
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「私達…もう、終わりにしましょう?」


弐壱



「何、…?」

隆茂は自分の耳を疑った。いや、疑いたかった。

「終わりにしましょう? もうここへは来ないわ」
「ちょっと待ってよ…! なんで急にそんな…!」

隆茂が言っても、白菊は答えない。ただ黙って、隆茂の顔を見ないようにしていた。

「…とりあえず、中入って。冷房つけるから」

隆茂はドアを大きく開けて中へ招くが、白菊は動かない。

「…ここでいいわ。決心が揺らぐから」
「っ何だよ決心って…! やめろよそんな決心…聞きたくない!」
「……」
「何なんだよ! なんでそんなこと言うんだよ!! 僕のこと嫌いになったの…?」

隆茂が悲しげな声色で言う。白菊は辛そうな顔をしていた。

「…そんなことないわ。好きよ」
「だったらなんでっ…!!」
「好きだから、貴方に幸せになって欲しいのよ」
「何馬鹿なこと言ってんだよ! だったら尚更一緒にいてもらわないと困る! 君がいないのに幸せになれるワケないだろ!?」
「本当に? 本当にそう言い切れるの?」

白菊が顔を上げ、隆茂を見る。隆茂は白菊の目を見て頷いた。

「言い切れるよ。白菊のいない未来なんて考えられない」

すると白菊は表情を歪ませる。

「……なら、きすって何?」
「えっ?」
「きすって何? 恋人同士がして当然のことだってよりこが言っていたわ! けれど貴方はそんなこと教えてくれなかった!! 私が付き合うってどういうことって聞いたとき、貴方きすなんて一言も言わなかった!!」

白菊が泣きそうな顔で言う。恐らく昨日言われたのだ。隆茂は答えられなかった。

「…私のことなんて恋人だと思っていないんでしょう? 恋人だと思っているなら、教えてくれたっていいじゃない」
「そんなこと…だって、だってできもしないこと言われたって、君が悲しむだけだと思って…!」
「分かっているわ! どうせ私達にはできないことなのだろうけど、けれど、普通の恋人同士がする事だって、私知っていたかった…」
「っなら教える! 教えるから! 終わりにするなんて言わないで…!」

隆茂は必死に言葉で白菊を繋ぐ。白菊が人間であったなら、手を掴んで引き止めることだってできるのに、自分では白菊を確実に繋ぎとめることさえできないのだ。

「…いいえ。もういいの」
「…何が、いいんだよ」
「私のことは忘れた方が、貴方は幸せになれるわ。ええ、その方が絶対にいい。一緒にいられれば幸せなんて言っていられるのは最初だけよ。段々触れないことが不満に変わっていくの」
「それは昔の人のことだろ!? 僕はその人とは違う!!」

隆茂が何を言っても、白菊は首を振るだけだ。

「みんな一緒よ。それに貴方、あの人に似ているもの」
「なんでそんなんで決めつけるんだよ!! そんなに僕のこと信じられないのかよ!!」

隆茂の言葉が白菊に突き刺さる。それでも白菊は目に涙を浮かべ、切なげに笑った。


「…ごめんなさい…もう、忘れて?」


それは魔法の言葉だった。雪が溶けるように、雪を溶かすように優しく、思い出を溶かす魔法の言葉。
白菊は隆茂に背を向け、歩き出す。しかし、すぐに足を止めた。

「やだ。絶対離さない」

白菊は隆茂に抱き締められていた。白菊の胸が高鳴る。温かい。温かい。温かい。嬉しい。そう思ったのは一瞬で、すぐに白菊の顔は真っ青に変わる。

「っ…!」

自分が隆茂の体温を奪っているのが分かった。白菊がはねのけると、隆茂はズルズルと崩れ落ちた。

「あ、ああ、…どうして…」

白菊は座り込んで、隆茂に触れそうな手を堪える。

「…あ…」

そして、今更になってようやく気付いてしまった。

「貴方…誰…? …な、名前…」

名前を呼びたい。呼びかけたい。なのに名前が分からない。ずっと一緒にいたのに、名前さえも知らなかった。白菊はボロボロと涙を零す。その雫が更に隆茂を凍らせていくとしても、自分の意思で止められるものではなかった。

「あ…あああ…いやああああああああああああああああっっ!!!!」

白菊は隆茂のアパートの廊下で、凍りついて目を覚まさない隆茂の前で、悲痛な叫びを上げた。



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