小説

□弐拾
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その夜、課題に取りかかろうかと思っていたとき、机の上に置かれている携帯電話が鳴った。どうやら電話らしい。
携帯を開くと、“隆くん”と表示されていた。


弐拾


隆茂から電話が来たことは1度もない。ゆっくりと通話ボタンを押す。

「も、もしもし…?」
『あ、今西?』

電話越しに聞く隆茂の声に、頼子の胸は高鳴った。

「何? どうしたの?」
『あのさ、今西今日、白菊に会ったんだよね?』

ああ、また白菊絡みか。と、頼子は溜め息を吐いた。

「…うん、会ったよ。それがどうかしたの?」
『その時なんか変なこと言ってた?』

変なことならいつも言ってるじゃないか。とは思っていても言えない。だから変なこととはどんなことを指すのか分からなかった。

「…何も、言って、なかったと思う、けど」
『具合悪そうにしてたりとかは? なかった?』

頼子には隆茂が何故そんなことを聞くのか分からない。

「…別に、普通だったけど? 何? どうかしたの?」

すると隆茂が深刻そうに言った。

『…白菊が、来ないんだ』

まるで本当に毎日来ているかのようなことを、隆茂は言う。

「…白菊、いっつも隆くんの家に来んの?」
『え? うん』

また当たり前のように言われた。

「…なんで?」
『? 今西?』
「毎日家来て何すんの? そんなにすることもないでしょ? だって白菊、触れないんでしょ? キスもできないんでしょ?」

その言葉に、隆茂が動揺しているのが分かった。

『なっ…! なんでそのこと…』
「見たよ一緒に歩いてるの! わざわざ白菊の袖握ってさ! 祭りのときも!」
『ああ…』

隆茂は納得した。袖を握っていたら、怪しむのは当然だ。

「嫌じゃないの? 好きならキスしたいって思うのは当然じゃん! なのに手を繋ぐことさえできないなんて…我慢できるワケない!」
『な、に言ってんだよ今西…できるよ、好きだから。隣にいられるだけで十分なんだ』
「なんでよ!! なんで白菊なの!! あたしが近くにいたのに!! なんでわざわざ白菊を選んだの!! あたしの方がっ…あたしは入学した時からずっと好きだったのに!!」
『…え?』

隆茂が呟く。思考がついていけていないようで、告白されたと気付くのに数秒を要した。

「あたしの方がずっとずっと隆くんのこと好きだったのに…なんで突然現れた白菊なんかに横取りされなきゃいけないの…!? しかもそんな難しい病気で…! そんなの納得できない…っ」

頼子が続けた。

『白菊は病気なんかじゃないよ』
「え…?」
『ちょっと人との接触が苦手なだけなんだ』
「だからそれが病…」
『今西。今西の気持ちは嬉しい…ホントにありがとう。でもそれには応えられない…僕は手繋げなくても、キスできなくても、白菊が好きなんだ。他の誰にも、白菊の代わりは絶対できない』

隆茂は言い切った。

「どうしても…?」
『うん』

はっきりと言われ、頼子はもう何も言えなかった。

「そっか…わかった」
『ごめんな』
「何言ってんの! 謝んないでよ! よく分かったから、何やっても白菊には勝てないって」
『…じゃあ、切るよ? …明日来なかったら、家行ってみる』
「…そう、じゃあね」
『また明日、学校で』

隆茂は明るく言う。頼子に気を使っているのか、それともただ単に何も感じていないのか。
そのあとすぐに、ツーツーという音だけが聞こえてきた。耳を塞ぎたくなるような虚しい電子音。頼子はその音を聞きながら、ひっそりと泣いていた。





翌日。
インターホンが鳴り、ドアを開けると、白菊がいた。

「あっ…! 昨日どうしたの? 心配したんだよ?」

隆茂の問いに、白菊は答えない。答えないで一言、呟いた。

「私達…もう、終わりにしましょう?」



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