小説

□拾玖
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白菊は紙袋を手に持ち、大学近くまで来ていた。

「白菊じゃん」

後ろから言われ、白菊はビクッと肩を震わせた。


拾玖


振り返ると、頼子がいた。

「あ…今西さん」

頼子は眉をひそめる。

「何、今西さんって。別に頼子でいいから」
「え、ええ…」
「何しにきたの? また待ち伏せ?」
「ああ、いいえ。今日は…いま…よりこに、これを返しに」

白菊は言い直し、頼子に紙袋を差し出した。中身は借りていた浴衣である。

「…ああ、わざわざ返しに来てくれたの。アンタが」
「ええ。ありがとう」

頼子は紙袋を受け取る。

「冷たっ…え? 何コレ、なんでこんな冷たいの?」

紙袋がひんやりしているので頼子は混乱していた。白菊は少し焦る。

「あっ、あの、氷! の近くに置いていたの! ごめんなさい…嫌だったかしら?」
「…いや、別にいいけど。氷…の、近く? 変なことすんね、アンタ」
「そう、かしら…?」
「そうだよ。ホント…なんで隆くんはアンタみたいなのが好きなんだろ」

頼子が低く呟いたが、白菊には後半は聞き取れなかった。

「え?」
「なんでアンタみたいな変人と付き合ってんの? アンタみたいな複雑で変わってる人よりあたしの方が絶対いいに決まってるのに!!」

頼子は白菊を睨んで大声で言った。

「……」

白菊は何も言えなかった。ただショックを受けた顔をして頼子を見ていた。

「アンタ病気なんでしょ?」
「病気…?」
「触れないんでしょ? 人に」

白菊は目を見開いた。頼子は人に触れられないのが病気のせいだと思っている。病気などではない。だがそれを否定しても、雪女だとは、触れれば氷るのだとは言えない。だから肯定するしかなかった。

「……そう、よ。私は人に触れられない」
「そんなんで、よく人の彼女なんてやってられるよね! 恋人とキスどころか手を繋ぐこともできないなんて可哀想!」

そこで白菊は、聞いたことのない言葉に反応する。

「…きす? きすって何?」
「は? キスって何って…何? 知らないワケないでしょ? 恋人同士がして当然のことじゃん! キスもしないで恋人同士なんて言えないでしょ」
「……知らない…あの人、そんなこと言わなかった…」

白菊は更にショックを受けていた。付き合うとはどういうことか聞いたとき、隆茂が言ったことの中にキスなんてものはなかった。自分が隆茂の恋人であることを否定されたような気分だった。

「それ、ホントに付き合ってんの?」

頼子は留めを刺すように言う。白菊が今1番言われたくない言葉だった。

「…私、」
「あたしの方が絶対アンタより相応しい!!」
「……もう、聞きたくない…!」

白菊は耳を塞ぐ。それでも当然頼子の声は聞こえた。

「あたしを選んだ方が絶対幸せになれるのに!!」
「…っごめんなさい…!」

白菊は堪えきれなくなって走り出した。

「あっ…」
「今西?」

後ろから名前を呼ばれた。頼子は振り返る。

「隆くん!」
「何してんの?」
「え?」

隆茂が何故逃げて行った白菊のことに触れないのだろうと思い振り返ると、もう白菊はいなかった。

「え…!?」
「あ、その袋…白菊に会ったんだ」

隆茂は頼子が持っている紙袋を見て言う。

「え、うん…」
「もう帰っちゃったの?」
「うん…」

頼子は白菊の逃げて行った方をチラッと見る。

「先に家に行ったのかな」

隆茂が呟いた。家に来るのが当たり前のような台詞。それが頼子の胸に突き刺さる。

「浴衣ありがとう。じゃあな!」

隆茂は手を振って去って行った。頼子は紙袋を握り締め、大学へ向かった。



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