小説

□Y
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『諦めなさい。双子なんて産んだら、お前が後悔するんだよ』


FaKe.−フェイ−Y


『母さん…私、後悔してないわよ。幸せだった…』


21


大野りくは、増村朝夜が好きだった。
優しい笑顔、優しい声、優しい心。文句のつけようがない人だった。
りくが朝夜を好きになったのは、高校に入学して数日経った頃。急な貧血でうずくまっていたりくに声をかけ、看病してくれたのだ。りくはそんな朝夜の優しさに惹かれたのだった。






「増村くん、おはよう」

朝、駅で偶然会った朝夜に、りくは声をかけた。

「おはよう大野」

朝夜も優しく返した。

――よし、今日こそ言うぞ!

その笑顔の破壊力に倒れそうになりながらも、りくは決意を固めた。

「あのさ! 増村くん!」
「ん?」
「あのっ、あ、朝夜くん、て…呼んじゃダメかな…?」

この時りくの頭の中は、『よっしゃあああああ!!! 言ったあああああ!!!』とお祭り状態だった。

「……ごめん」

だから朝夜が何と言ったのか、理解できなかった。

「……え?」

言葉を失って立ち止まったりくに、朝夜は慌てて言う。

「あっ、あああ、違…! いや、えっと、うん。あーそうじゃなくて!」
「?」

明らかに動揺しすぎな朝夜を、りくは眉をひそめて見ていた。

「あの、えっと…嫌い、なんだ」
「嫌い…?」

再びりくは言葉を失う。朝夜はまたしても自分の言葉足らずな発言が彼女を傷付けたと悟って慌てた。

「あっ違っ! お、大野が嫌いなんじゃなくて…その、朝夜って呼ばれるのが、嫌いなんだ」
「…そうなの? 親からもらった、大切な名前なのに」
「……違うよ」

朝夜は、普段は見せない冷めた表情で呟いた。

「…え?」

りくがそう言ったのを聞いて、朝夜はハッとしたように顔を上げ、すぐにいつもの笑顔に戻った。

「っなんでもない! 行こう。遅刻する」
「えっもうそんな時間!?」

腕時計を見ると、残り時間は10分だった。

「10分で行けるかなあ?」
「走ろう」

朝夜はそう言ってりくの手を掴んだ。

「えっ増村くん!?」
「ん? どうした?」

朝夜は何食わぬ顔で振り返る。

「あ…ううん、なんでもない」

――やっぱり増村くんは…ドキドキしてないんだな…


りくは悲しげに目を伏せながらも、その手を離して欲しくないと思っていた。






その翌日も、駅で朝夜に会った。

――2日連続! ラッキー!

思いながらりくは声をかけた。

「おはよう増村くん!」
「あ、おはよう大野」

朝夜も優しく返した。

「昨日は大変だったねー」
「え? 何のこと?」
「朝のことだよ!」
「…ああ! 遅刻しそうになったこと?」
「そうそう! 超ギリギリだったし!」
「マジ焦ったよな」

2人は笑いながら学校へ向かって歩く。りくにとっては幸せな時間だった。
しかし今日はそれだけではない。りくは先程からチラチラと朝夜の手を見ていた。
名前を呼ばれるのは嫌いだと断られたが、手を繋ぐのはオーケーかもしれない。何故なら昨日手を掴んできたのは朝夜の方だからだ。

「…ねえ、増村くん」
「ん?」
「手、繋いだりとかしちゃ、ダメかな?」

りくは朝夜の方は見ずに、手だけを朝夜の方に差し出して言った。我ながら、最近随分積極的だな、と思う。

「…え!?」

予想外の反応に、りくは朝夜に顔を向ける。
朝夜は顔を赤らめて目を反らしていた。

「増村、くん…?」
「なん、なんで…」
「あ、いや…昨日手、握ってくれたし…いいのかなって。い、いやだったかな! ごめんっ」
「別に! …嫌じゃない」

朝夜は語尾を小さくしながら言う。そして乱暴にりくの手を掴んだ。しかしそのあと、優しく包むようにりくの手を握りなおす。
その仕草に、りくはドキッとさせられてしまう。でもその中に、何処か違和感があった。
手を握ったまま歩く朝夜の顔を覗き込む。
頬を真っ赤に染めてりくから目を反らしていた。

――なんか…昨日と全然違う…




そしてその日の放課後。
駅で電車を待っている朝夜の前に立ち、りくは言った。

「増村くんって、一人っ子?」

それが1日観察してみて、りくが出した結論だった。

「…弟が、いるけど」
「何歳?」
「…中1」
「他には?」
「……他?」

朝夜は眉をひそめる。りくは頷いた。

「うん、他。他に兄弟いないの? 例えば――双子の、弟とか」

朝夜が僅かに瞳を大きくした。
そして黙る。
少しして、朝夜はカバンから携帯電話を取り出した。徐に電話をかけ出す。

「…もしもし? 今から来て。……大丈夫だから。今人少ないし。……会わせたい奴がいる」

電話をかける朝夜の雰囲気が、いつもと違った。
それだけ言うと、朝夜は電話を切る。

「…誰にかけたの?」
「…弟」
「…どっちの?」
「…双子の」

りくがそう尋ねると、朝夜はもう誤魔化そうとはしなかった。
2人はそれきり黙って、目的の人物を待った。
それから15分後。
到着した電車から、朝夜が降りてきた。2人の朝夜が並ぶ。
りくは目を見開いて、2人を交互に見た。見れば見るほどによく似ていた。

「…俺が双子の兄の朝」

ずっと一緒にいた朝夜が言った。

「で、こっちが弟の夜」

続いて彼は、たった今電車から降りてきた朝夜を示して言った。彼は驚いた表情で朝を見る。

「…あさとよるで、朝、夜…?」

りくが呟くと、朝は頷いた。

「俺達はずっと、2人で1つとして生きてきたんだ」
「ちょっと朝、俺にも説明が欲しいんだけど」

夜が朝の肩を掴んで言う。2人は声もそっくりだった。

「バラしたのか?」
「バレたんだよ。見抜かれた」
「……」

夜は黙ってりくに目を向ける。そして溜め息を吐いた。

「…そっか。やっぱりくちゃんの目はホンモノだな」
「りくちゃん!?」

りくは驚いて夜を見る。2人はきょとんとしてりくを見た。

「あ、そっか。りくちゃんが知るわけないよな。俺、大野のことりくちゃんって呼んでんだよ」
「そ、そうなの!?」
「学校では朝に合わせて大野って呼んでたけどね」
「おい夜」
「いいじゃん別に。知られたって困らないだろ」
「2人はどうして、」

顔を突き合わせる2人に、りくは言った。

「どうして、2人で1つなの…?」
「…その説明は朝がして」

夜が言うと、朝は勢いよく夜を向いた。

「はあ? 何で俺が」
「俺帰るし」
「……」
「じゃありくちゃん、俺帰るわ」
「もう帰るの?」
「うん。俺達が一緒にいると、色々面倒なことになるからね。詳しい事情は朝から聞いて」
「おい」

再び朝は文句を言おうとする。

「…そっか」
「じゃあ、また明日」
「…また、明日?」
「うん。明日は俺の番だから」
「…そっか。じゃあ、また明日」

りくは納得したように笑って言った。夜は券売機に向かっていってすぐに戻ってくる。そして朝に手を差し出した。

「定期」
「は? 何で」
「俺ここくる為に切符買ったんだからな」
「…分かったよ」

朝はポケットから定期券を取り出し、夜に手渡した。

「定期も2人で1つなの?」
「そうだよ」
「…ちょっと見せて」

そう言われて、夜はりくに定期を渡した。りくが名前の部分に目をやると、そこには【マスムラアサヤ】と書かれている。

「朝、夜…」
「世間では、俺達は1人だからね。じゃ」

りくから再び定期を受け取ると、夜は手を振って改札へ歩いていった。
あとにはりくと、朝が残る。

「…何から聞きたい?」

朝は近くの椅子に座り、言った。隣の椅子を軽く叩いて座るよう促す。

「…1日交代、なの?」

隣の椅子に座りながら、りくは尋ねた。

「そうだよ」
「じゃあ…どうして2人で1つなの?」
「母方にある古い言い伝えでさ、」

正面を向いたまま、朝は語り出した。

「…双子を産むと災いが起きる、ってのがあって、母さんは信じてなかったんだけど、祖母ちゃんは信じててさ。母さんが双子を妊娠してるって知ったとき、片方中絶、できないなら2人とも諦めろって言われたらしいんだ」
「…そんな」
「けど母さんはそれでも諦められなくて、父さんと話し合って、2人とも産んで1人として育てるって決めたんだ。そんでそのうち、双子産んでたって話すつもりだったんだと思う」
「……いつまで、黙ってるの?」
「…もう、ずっとだよ。バレるまで」
「……」
「弟を産むときに死んだんだ、母さん。でも父さんはさ、双子を産んだせいだって言われるのを避けるために、もうずっと2人を1人として育てることにしたんだよ」
「…男手、一つで…?」

りくがようやく口を開くと、朝は頷いた。

「よく男1人で3人も育ててると思うよ。多分もう…意地なんだろうな」
「……そっか」

りくは頷いた。
朝は黙る。少しして、再びりくが口を開いた。

「…私、増村くんが好き」

突然の告白に、朝は目を見開いてりくを向いた。
りくがチラッと朝を見ると、朝はりくの方を見たまま顔を真っ赤にして口をパクパクさせていた。

「“朝夜”の性格は、夜くんの方に合わせてるの?」

りくは口をパクパクさせている朝を見て、ふと思い出したように言った。すると朝も思い出したように口を閉じて冷静になった。

「…うん、そうだよ」
「…どうして?」
「…夜の性格の方が、人受けするだろ?」

りくは誰よりも誰にでも優しい朝夜を思い出した。そして目の前の朝を見る。

「…それって、なんか自分を否定してるみたいだよ」
「否定せざるを得ないだろ。夜があんだけできた奴なんだからさ」
「……」
「だからさ、さっきの話は俺じゃなくて、夜に言えよ」
「…え?」

「どういうこと?」とりくは問いかけた。

「…大野が好きになったのは、夜だろ?」

そう言われて、りくは俯いた。

「…そう、なのかな…」
「そうだろ。だって大野は優しい朝夜が好きなんだろ?」
「…うん、そうだね」

りくがそう呟くと、朝は溜め息を吐いた。





翌日の朝。

「おはよう増村くん」



 
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