小説

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2004年4月。
2年生になり、私は2組になった。野村は4組だった。2組と4組ではクラスどころか校舎も違った。そのため、靴箱の場所も違う。
会うことはほとんどなくなった。
1年生の時仲の良かった絢美や有加ともクラスは違い、再び話す人のいないスタートになってしまった。
席に座ってじっとしていると、前の席の人が振り返った。

「遥名さんだよね? あたし多村八海」

多村八海はそう笑った。

「あ、よろしく…遥名緑です」
「よろしくねー」

多村さんは笑って前に向き直った。



それから3日後の入学式の最中に、私はまた貧血で倒れた。私を運ぶ先生の声も遠くに聞こえ、身体の感覚もない状態の中、私は野村が見てたら恥ずかしいなあなどと考えていた。


遥名緑恋 9


それから全く野村に会うこともなく、1ヶ月が過ぎた。

「一騎ー」

ある日突然、野村が私のクラスにやって来た。同じテニス部である一騎に用があるらしい。

「何ー?」
「今日部活ミーティングだって」
「マジかよー分かったーサンキュー野村」

一騎の返事を聞いて、野村は教室を去ろうとする。私は野村の学ランの裾を掴んだ。

「野村!」

野村はびっくりした表情で振り返る。久しぶりに見る野村の顔に私は緊張していた。

「何だよ」
「あー、あ、元気?」
「…元気だけど」

素っ気ない野村の態度に、私は裾を掴んでいた手を放した。野村は向き直って教室を出て行く。

「野村、遥名の事忘れたんじゃねぇ?」

冗談めいた調子でそう言ったのは去年も同じクラスだった仮屋裕壱だった。冗談みたいに言わないでほしい。

「んなわけないでしょ!」

その言葉にどれだけのショックを受けることか。分からないのだろうか。



5月下旬。
総合学習の時間に、修学旅行の準備が始まった。
私は多村さんと、多村さんの1年生の時からの友達の木宮永依、小学校のときからの友達の伊賀希更と班を作った。

「大原さんは何処に入るの?」

一通り班ができたあと、担任の藤川みのりが言った。見ると、大原京子が1人教室の中央に取り残されている。

「うちら4人だし、呼ぶ?」

そう提案したのは、多村さんだった。

「おーいいよー」
「うん、いいよー」

永依ちゃんと伊賀さんも承諾した。

「遥名さんは? いい?」

多村さんが私にも尋ねた。

「うん」

私がそう答えると、多村さんは大原さんに手招きした。

「大原さんおいでー」

大原さんがこちらに近付いてくる。そうして私達の班はこの5人になった。
班が決まったあと、今度は係決めが始まった。

「班長誰がやる?」

多村さんが言う。

「八海がよくない?」

伊賀さんが多村さんを見ながら言った。

「うん八海ちゃんがいいと思うー」

永依ちゃんも同意した。私も頷く。

「えー、じゃあ副班長永依ちゃんがやって」
「え!? ウチ!? うーん八海ちゃんが班長やるならいいけど」

多村さんは先生に提出するプリントの班長の欄に自分の名前、副班長の欄に永依ちゃんの名前を書いた。

「あと学習係と、保健係と美化係…」
「あたし美化やるー」
「じゃあ希更は美化ね」

伊賀さんが言い、多村さんは美化係の欄に【伊賀希更】と書いた。

「大原さんは? なんかやりたいのある?」

多村さんは大原さんを向いて尋ねる。

「…保健、かな」

大原さんは控えめに答える。
ちょっと待った。このままいくと私…

「遥名さんそれでいい? 学習係になっちゃうけど」

多村さんが言う。
私は返事を躊躇った。学習係は面倒くさい作業があるらしいのだ。

「うーん…」
「あたしも一緒に学習やろっか?」

そのとき、伊賀さんがそう言った。

「学習大変そうだし、美化当日まですることないし、別にいいよ?」
「うーあー、うん。じゃあ…やる」
「いい? 分かったーじゃあ決まりだね」

多村さんは学習係の欄に伊賀さんと私の名前を書き、先生に提出しに行った。
それから数分後。ようやく全ての班の係が決まった。先生はプリントを整頓しながら、

「じゃあ学習係昼休み学年室きてー」

と言った。

「えー」

教室内からそんな声が上がる。学習係だろう。かく言う私もその1人だった。勿論伊賀さんもだ。

「頑張れー」
「よろしくー」

多村さんと永依ちゃんは他人事のように笑っていた。



そして昼休み。
各クラスの学習係が集まったところで、学習係担当の教師安藤真央が言った。

「今年の修学旅行のしおりは、旅行の計画などを書いた部分の他に、見学地についての資料となる部分を作ります。学習係の皆さんには見学地について調べてその資料を作ってもらいます。各クラスで1ヶ所調べるところを決めて、その中で更に1人1人分担していって下さい。それから、見学地に行く途中のバスの中でやるクイズを作る係も決めてねー」

修学旅行の行き先として挙げられるのは、法隆寺、東大寺、大阪城、薬師寺、人と防災未来センター、天保山周辺、そしてUSJだ。
クラスの代表がじゃんけんなどをした結果、2組は法隆寺に決まった。法隆寺の中で更に建物ごとに分ける。クラスの中でじゃんけんをし、私は五重塔を調べることになった。更に、私と伊賀さんはクイズ係にもなってしまった。男子は梅畑純太と越若硝だ。



6月に入って数日が経った。
今日は資料作成の締め切りの日。学習係は調べて作った資料を持って、再び学年室に集まった。資料を提出すると、学年室を後にしていく。

「ねぇ」

私は伊賀さんと共に、硝くんと梅畑に声をかけた。

「ん?」

硝くんが返事をする。

「クイズどうしようか?」
「ああ! どうしようね」

そして沈黙が訪れた。

「うーん」

私は考える仕草をしながら呟く。そのまま2人で黙っていた。

「じゃあさ、」

それを見ていた伊賀さんが、溜まりかねたように言った。

「資料のときみたいに分担して考えてくればよくない?」
「…そうだね。法隆寺と東大寺と大阪城と薬師寺と人と防災未来センターと海遊館? でいいんだっけ?」
「USJは?」
「ホテルから歩きじゃん」
「あー、そうだったな」

伊賀さんと梅畑と3人で会話する。硝くんは黙って見ていた。

「6ヶ所だからー、2人1ヶ所2人2ヶ所やね」
「じゃんけんしよう」

伊賀さんの提案で、4人でじゃんけんをした。
その結果、私は東大寺、梅畑が大阪城、硝くんが法隆寺と海遊館、伊賀さんが薬師寺と防災センターに決まった。





6月11日。
永依ちゃんが机に突っ伏したまま動かなかった。

「…多村さん、永依ちゃん…どうしたの?」
「あー…あの、あれかな?」

多村さんが指差した先には、クラスメイトの東名健太がいる。直接確認したことはなかったが、多分永依ちゃんはあずけんが好きだった。

「あずけん…? なんかされたの?」

あずけんや永依ちゃんとは同じ掃除場所だったが、個人的にあずけんはエロいイメージがあった。掃除中に下ネタを連発していたからだ。

「いやされたとかじゃなくて…失恋、かな」
「えっ永依ちゃん告ったの!?」
「そーでもなくて…付き合ってんだって、まぁと」
「まぁと!?」

まぁとは、同じくクラスメイトである前藤千夏のことだ。

「だから…実質失恋じゃん」
「そーだねー…」

2人で永依ちゃんを見る。永依ちゃんは机に突っ伏したまま肩を震わせていた。

「多村さん、永依ちゃん泣いてない?」
「…行くか」

そして2人で永依ちゃんの方に歩いて行った。




「永依ちゃん」

多村さんが呼ぶと、永依ちゃんはタオルで顔を隠したまま頭を上げた。涙の溜まった瞳だけを覗かせる。

「八海ちゃん…」

かすれた声で呟いた永依ちゃんの背中を、多村さんはポンポンと優しく叩いた。

「泣きな。泣いてスッキリして、また新しい恋しなよ。ね?」
「う…」

永依ちゃんは再びタオルで顔を隠して頷いた。多村さんはそんな永依ちゃんの背中をずっとさすっていた。



6月14日。
永依ちゃんが失恋した先週の金曜日から、永依ちゃんには会っていない。落ち込んで今日休んだりしないだろうかと多村さんと2人で心配していると、永依ちゃんがやってきた。
ニコニコと笑顔で。

「おはよー…永依ちゃん」
「どうした? なんかいいことあったの?」

多村さんが尋ねると、永依ちゃんは更に顔を弛ませた。

「うんー実はさ、」

永依ちゃんが一呼吸置いて言う。

「彼氏できちゃった!」

はっきり言うと、語尾には感嘆符ではなくハートマークがついていた。

「…はあ!?」

一瞬静止したあと、2人で叫んだ。金曜日失恋して泣いていた女が、月曜日に彼氏ができているなんてことがあるのだろうか。土日に一体何があったというのだ。

「えっ嘘、何それ!? どういうこと!?」
「いつ!?」
「えー土曜日♪」
「何があったの!?」
「ダンス行ったときにさー…」

永依ちゃんは語り始めた。
永依ちゃんは毎週土曜日、ダンス教室のようなものに行っているらしかった(多村さんは知っていたが、私は知らなかった)。そこで初めて会った男子に一目惚れしたらしいのだ。更にそれから話をしたりして仲良くなったころ、相手の方から「話してるうちに好きになった」と告白されたのだそうだ。

「えー!! 名前は!? 何処中?」
「活口北の沢口梢って人♪」
「さわぐち、しょう…」
「まじ凄いじゃん!! おめでとー永依ちゃん!」
「あははーありがとー」

永依ちゃんは幸せそうに笑う。
私は純粋に羨ましいと思った。
好きな人に好きになってもらえて、付き合えて。
そんな経験はまだ1度もない。

――いいなあ。永依ちゃんめっちゃ幸せそう…私も彼氏欲しいなあ…

ニヤニヤしっぱなしの永依ちゃんを見ながら、私はそう思っていた。




 
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