小説

□後
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何してるの…


『飛鳥…』


どういう事…?


1000年先のブストーリー
後編:その先のミ


杉本夢夜はその場にしゃがみ込んだ。
そしてそのまま、自室のベッドに眠る少年に近寄った。

「飛鳥…何してるの…?」

夢夜は力無く言った。

「飛鳥…?」

どんなに夢夜が呼び掛けても、少年――佐藤飛鳥は応えない。

「夢夜ちゃん…」

名を呼ばれて振り返ると、あの頃と何一つ変わっていない、佐藤塁の姿があった。

「おばさん…飛鳥は…飛鳥はどうして…?」
「簡単な事よ。夢夜ちゃんが2000年目覚めないって聞いて…だったら俺が半分背負うから、って」
「そんな…」


飛鳥……


どうして…そんな事…

あたしなんかの…為、に…?

そう思うと、夢夜の目からは、涙が溢れた。

「飛鳥…飛鳥…」

ポロポロと零れる涙が、飛鳥の頬に落ちる。夢夜は気にも止めずに飛鳥の名前を呼び続けた。

「飛鳥…飛鳥…ごめっ、ごめんね…あっあたしのせいで、こんな、こんな…飛鳥…ねぇ起きてよ。起きてよぉ」

相変わらず、飛鳥の返事はない。それでも夢夜は、構わず喋り続けた。

「あっ飛鳥ぁ…起きてってば…何時までこんな事してるつもり? 早く起きてよ…もう…一緒に帰ってあげないよぉ…?」
「何が一緒に帰ってあげないよ、だ…お前がいっつも一緒に帰ろうって言ってくる癖に」


それは突然だった。
夢夜は、その懐かしい声に顔を上げた。

「おはよう、夢夜」
「あ…飛鳥…」

飛鳥は笑って言った。
この笑顔を見るのは、1000年ぶりだ。
なのに、つい昨日まで見ていた気がする。
まぁ、ずっと寝ていたのだから、当たり前と言えば当たり前なのだが。

もう…この笑顔は見れないと思ってた。


「飛鳥…っっ!!」
「ぅわっ」

夢夜は飛鳥に抱きついた。
眠っている間、ずっと夢見ていた夢夜の、大好きな、人。

「ぁっ飛鳥ぁ…もぅっ…会えないと思ってた…! どうしてっっ何でっっ…こんな、こんなっ…」

夢夜は、飛鳥に抱きついたまま、泣きじゃくった。

「…だって夢夜が2000年も眠ってたら、俺、もう夢夜に会えないじゃんか。…言っただろ? 俺は…ずっと夢夜の事が好きだったんだって。夢夜に会えなくなるくらいなら、いっそ半分、俺が背負った方がマシだって。それしか…浮かばなかった」

飛鳥は、そっと夢夜を抱き締めた。


暫くして、夢夜は落ち着いた。飛鳥はふと、何かを思い出した。そして、ドア付近に誰か立っている事に気付いた。
そして、その人に向けて、言った。

「母さんは…何処行ったんだ? 香奈姉」
「え…? 香奈芽…さん?」

夢夜は自分の耳を疑った。


――この人が…香奈芽さん…?


夢夜がさっきから飛鳥の母親・塁だと思っていたのは、塁ではなく、飛鳥の姉――佐藤香奈芽だったのだ。
考えてみれば当たり前だ。
最後に会った時から1000年も経っているのに、全く変わっていないなんて幾ら何でも有り得ない。

「…あ、れ…?」

ふと夢夜は、今の自分の思考に疑問を感じた。

「ちょっと待ってよ。これって可笑しくない?? あれから1000年経ってるのに、どうして香奈芽さんが生きてるの?」

そう言われて飛鳥も気付いた。

「あれ? そういえば…何で? 香奈姉」
「あっそっか飛鳥は知らないんだね。ウチの家系さ、寿命長いんだよ。魔界の人と同じくらいなんだって。てか何かさ、ウチって実は元々魔族だったらしいよ。それが色々あって今に至るんだけど」
「また家系かよ」

飛鳥はため息を吐いた。

「で、母さんは?」
「死んだよ。950年前に」
「…え?」

飛鳥と夢夜は同時に言った。

「…なっ、何で…? だってウチの家系…」
「何言ってんの? ウチの家系って…母さんは元々花崎家の人間だよ? ウチの家系じゃない。幾ら嫁いだからって寿命が延びるワケないでしょ」
「あ…」

そうだった。塁は元々、佐藤家の人間ではないのだ。

「もう…間に合わなかったんだよ…」

香奈芽は意味深な台詞を吐いた。

「え? どういう事…?」
「飛鳥達にも話しとかないとね。この1000年の間にあった事。この1000年の間に、時代は大きく変わったわ」

そうして香奈芽は語り出した。


「事の発端はアンタ達だった…アンタ達が学校に来なくなった事で、不思議に思う人達がいるでしょ。先生とか、友達とか。事情を説明する為には、魔族の存在は誤魔化せなかった。そこから少しずつ、世間に広まっていった」

飛鳥と夢夜は、黙って香奈芽の話を聞いていた。

「最初の頃は凄かったわ。夢夜ちゃん家に押し掛けるマスコミの数といったらそりゃもう…」

夢夜が微妙に悲しそうな顔をしたのが分かった。

「でもそれも少しずつ減っていった。それと同時に、今度は開き直った魔族達が、次々に人間界にやってきた。それに人間の中からも、魔界に行く者が現れ始めた。こうして人間と魔族は互いの世界を行き来するようになった」

という事は、人間は魔族を受け入れたという事で、魔族は人間との共存を決めたという事か。かつて魔女狩り等様々な方法で迫害されたが為に、人間と縁のない世界で、人間と交流しないで、ひっそりと生きてきたというのに。今までの苦労は何だったのだろう。

「嘘…人間は…ま、魔族を、認めてくれたの…?」

夢夜は呟いた。

「…まぁ、そういう事かな」

香奈芽は答えた。

「そっか…」
「…話を続けるね。それから新しい法律も出来て、魔族と人間の異族結婚も認められた」
「けっ、結婚!?」

飛鳥と夢夜はその言葉に同時に反応した(何故か2人とも赤面していた)。

「人間と魔族のハーフも増えたし、魔族は恋人と長く居たいが為に人間の寿命を延ばした。でも母さんはその時には間に合わなかった」
「ほっ他にはどんな法律が出来たの??」

夢夜は悲しそうな顔をした飛鳥と香奈芽を横目に、話題を変えようとして言った。

「出来たって言うか…改正された、って言った方が正しいかな。変わったのは例えば教育基本法とか、結婚のとこ。結婚って何法っていうんだっけ? 1000年以上前に習った事なんて覚えてないし。まぁ、いいや。教育基本法の方はね、まず義務教育が5歳から9年間。高等教育が3年間。新学期の始業は9月。結婚は同性もOK」
「どっ同性!?」

飛鳥は驚いた。

「え? 普通じゃん」

夢夜は平然として言った。

「はっ普通って…何処がだよ!!」
「何処がって…普通じゃない! 誰が誰と結婚しようとその人の勝手なんだから」

魔界と人間界では法律が違う。よって魔族と人間の間にも価値観の違いが生まれるのだ。

「あ、あと結婚は男女共16歳からよ。あと1年待ちなさい」
「待ちなさいって何!? 結婚しろってか!?」
「え? しろ、なんて言われなくてもするんじゃないの?? アンタ達」
「えっするの?」

飛鳥は夢夜に聞いた。

「あたしに聞かないでよ」

夢夜は即答した。


ピンポーン


その時、玄関からチャイムの音が聞こえた。

「あっはぁーい」

返事をした香奈芽が1階へ下りていった。
2人の間に、沈黙が訪れた。

「……飛鳥」

沈黙を破って、夢夜は言った。

「おばさん…死んじゃったんだね。間に合わなかった…ねぇ、これでよかったって思える?」
「思えるよ。夢夜のいない人生なんて、ないのと同じだから」
「おばさんより…あたし、って事…?」
「親って存在も大事だけどさ…やっぱり、夢夜優先でしょ」

飛鳥の目からは、涙が溢れていた。

「飛鳥…大好きだよ。いつかホントに…結婚、しちゃおっか」
「夢夜…うん。俺も、ずっと、夢夜が好きだった」


コンコン


ノックの直後、誰かがドアを開けて入ってきた。

「夢夜っ佐藤! すっごい久しぶり! 覚えてる? あたしらの事」
「知香! 聡美!」

もう会えないと思っていた――1000年前の友達だ。

「夢夜ん家行ったらここだって聞いたからさ! 夢夜っ、コイツはウチらの900年来の親友☆」
「コイツって何よ、コイツって!!」

知香と聡美の後ろから、見知らぬ女の子が顔を出した。

「やっほー! 初めましてっw あたし青空ナミダ! 話すのは初めてだね♪ 何回か知香達とお見舞いに来たから顔は見た事あるんだけど、そっちは知らないよね;; あっあたしの事はナミダでいいから! 夢夜の事は良く知ってるよ。夢夜のお陰であたしら出会えたんだもん」
「え?」
「あたしらが出会ったのって、寿命延びてなかったら、もうとっくに死んでる頃だもん。知香達から聞いたよ。2人のお陰で、寿命も延びて、ウチらが出会えた。こんな凄い事ってないよ!」

ナミダは笑った。飛鳥と夢夜も笑った。知香と聡美も、笑った。




静かだった。
ここは知香達3人が帰った後の飛鳥の部屋。
夢夜はまだそこに居た。

「ねぇ飛鳥。どうしてウチのお母さんと飛鳥のお父さんが結婚しなかったか、知ってる?」

空を見つめ、夢夜が聞いた。

「え? 聞いた事ないけど…何で?? 中学の頃、付き合ってたんだよね?」
「お母さんが、魔女だったから」
「え?」
「お母さんが魔女だったから、人間と魔女なんて結婚出来なかったから、だから」

飛鳥は黙って、夢夜の話を聞いていた。

「多分その頃も魔女と人間が結婚出来てたら、してたと思う。そしたら、あたしも飛鳥も、居なかったね」
「うん…」

飛鳥は、夢夜が何を言おうとしているのか、分からなかった。



 
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