小説
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理京の母・川越マミ子は理京が見えなくなった後、静かに右のクローゼットを閉めた。
一純と13の扉
B一純と理京の手紙
「母さんっ姉ちゃんは!?」
そのすぐ後。理京の弟・大斗(12)が、慌てた様子で入ってきた。
「大斗…今行ったわよ」
「そう…」
何か言いたい事があったらしい。大斗は悲しげに言った。
「そうそう」
大斗の『そう』に続けて、マミ子が言った。
「リキョーから手紙よ」
そう言ってマミ子はさっきの手紙を渡した。
(黒猫メール…)
何それ? どうやらこの手紙の事のよう。
「1人で聞けって」
≪DAITO≫
カサッ
大斗は部屋に戻り、封筒を開けた。中には何も入っていない。いや、正確には、何か光のようなものが入っていた。その光を封筒の外に出すと…
『大斗? 1人? 1人なら話します』
理京の声が聞こえてきた。
「…1人じゃなくても話すだろ…」
1人でそう呟いた大斗の後ろ姿は、何処か寂しげだった。
『私は…魔女である事がバレたので魔界へ帰ります。そこで2つ、お願いです。まず1つ目、13階段から落ちない事☆ 女の子と落ちると、1番上の段は手がくっつく。まなびとくっついたらヤバいよ。学年が違うんだから。他のコとくっついたら…浮気だと思われるよ』
(マ…ジ…?)
『2段目から落ちたら入れ替わるよ。3段目から1人で落ちると13人に増える。私が体験したのはこれくらいかな』
「えぇ゛!? 実体験だったの!?」
『ま☆ イロ×2めんどーだから気を付けてネ☆ それじゃ2つ目、まなびを一生愛し通すこと』
(え…?)
『人間と魔法使いは結婚出来ないけど、2人の愛ならきっとその法則を変えられる。私は結局…その法則に負けちゃったんだよね…3年経ったら戻るから…頑張って。理京よりv』
「姉ちゃんっ…!」
大斗は1人、涙をこぼしていた。
≪松浦≫
「んあ?」
まなびが家に帰り、郵便受けを開けると、一純宛の、理京からの手紙が入っていた。例の黒猫メールだ。
「川越さんから? そういえばもう学校に行けないって言ってたっけ…あ、渡してってことかなぁ」
≪次の日≫
一純は廊下を歩いていた。2-5へ向かうために。
(理京にお礼言おう。それから、隠してた事別にいいから、好きだよって)
理京がもういないとも知らずに、そんな事を考えながら…
「下錦田君、理京いる?」
2-5へ着くと(っていっても隣のクラス)一純は、近くにいた2-5の下錦田勇希(14)に聞いた。
「川越? 来てたっけ? おーい、今日川越来てたっけ?」
「理京ちゃん?」
「今日休みだよー」
勇希の問いかけに答えたのは2-5の長戸ゆりえ(13)と一宮時雨(14)。
「え…学校…来てない?」
「うんー」
(そっか…)
この時一純は、嫌な予感がした。
『じゃぁ…サヨナラ』
「あっ…佐藤君っ!」
一純が教室に戻ると、まなびが声をかけてきた。
「川越さんから伝言…もう学校に行けないって…それだけ…」
(理京はもう学校に来ない?? 何で?? どうして??)
「あっこれも川越さんから…」
そう言ってまなびは一純に封筒を手渡した。すぐに開けようと思った一純は、封筒を裏返した。するとそこには、
【家に帰って1人になるまで絶対開けないで】
と書いてあった。
≪いずみ・ひとし≫
一純の部屋は、弟の仁(12)と2人だ。けど、仁は友達の家に遊びに行っていて、6時頃まで帰って来ないという事だった。一純は母に絶対に部屋に入ってこないように念を押し、戸を閉めた。
そして、ゆっくりと手紙の封を開けた。
「え゛」
しかし、中には何も入っていない。この手紙の見方を、一純は知らないのだ。
「入ってないっ!? うっそぉー!」
無意識に、一純は封筒を振った。すると中から光が出てきた。
『一純っ!』
「わ゛ーーーっっ!!!」
驚きすぎて一純は封筒を落とした。更に腰が抜けちゃってます。情けないなぁ…
しーん…
沈黙の後、何処からか理京の笑い声が聞こえてきた。
『あはは…びっくりした? これ魔界流の手紙なんだっ☆ 凄いでしょ?』
一純はまだ、状況が理解出来ずにいた。
『この間まで、自分が魔女である事、黙っててごめん。何も言わずにいなくなる事も、ごめん。あっそうだ! 一純が気になってた右のクローゼットの中! あそこは…魔界の入り口です。じゃあ、あたしについて話します。「川越理京」は人間界での名前で、本名はリキョー・メイヨール。魔界にあるオウンデーム王国(ロワイヨーム)の、出身です。魔界の学校で、10年分の勉強を6年でクリア。そして11歳の時、人間界(ココ)に来たの。ど? 私って結構優秀だったのよォ☆』
自慢するように言う、理京の姿が想像出来た。
『そして一純に出会ったよね。覚えてる? 最初に一純、私に「分からない事があっても僕には聞かないでね」って言ったんだよ?# ワケわかんねー』
忘れるはずがない。このせいで、1年前まで理京とは、互いにすれ違っていたのだ。
あの夏の出来事がなければ、きっと付き合う事なんてなかったと思う。
『でも不思議だね。出会いはあんなだったのに、いつの間にか、一純しか見えなくなってるんだもん。結婚とかそーいうのは出来ないって最初から分かってたけど、それでもよかった。純粋に一純が好きだったから。一純と今を楽しめれば、それでよかったから』
(理京………!)
一純の目から涙がこぼれた。
『あっそうだ、いつも私が首からさげてたの知ってる?』
「Σえ!? 知らねぇよ」
『あれ魔界への扉の鍵なんだよね。あ、でもどっか隠しちゃった; 何処だっけ?? 帰ってきたら探さなきゃあ゛――!!』
「今度は何!?」
『1つお願いしてい? 大斗の事で…』
「だいと…? 誰?」
『あ、大斗って私の弟ね』
「マジ!? あ、そういえばそんな名前で呼ばれてた気も…」
『勿論大斗も魔法使いなんだけどさ、大斗…まなびと付き合ってるわけ、松浦まなび!』
「えぇ゛っ!?」
『それで、大斗が魔法使いだって事…勿論私が魔女だってことも、誰にも言わないで欲しいの。バレたら…魔界に3年間帰んなきゃいけなくて、人間界に戻ってきてももう付き合えないの。私…!! 一純と別れたくなかった…! ずっと一緒が良かった…! だから…言えなかったの…ごめん…ごめん…!! ごめんなさい…でも…前に一純が「初恋は実らないって嘘だね」って言ってたけど、やっぱり実らないね…私も…初恋だった。短い恋だって分かってたけど本っっ当ーに! 一純が好きだった。大好きだった…! それから…
今も…
あなたが好きです…
理京』
その日、一純は教室で椅子に座り、ただぼーっと昼休みを過ごしていた。これが一純の最近の日課になっていた。
それを見ていた渡辺珠子(13)(2-2)が突然立ち上がり、一純の方へ足早に歩き始めた。そして――
ガンッ
「渡辺さん!?」
「珠子!?」
珠子は、一純の座っていた椅子を蹴飛ばした。一純は気力を無くしたように倒れたまま、動かなかった。
「バカみたいに…ボーっと…」
珠子が、口を開いた。
「ボーっと座ってんな! うぜぇ。あんたがそーしてたって誰も悲しまないんだよ! ただ1人を除いてはね!」
ガタッ
そのただ1人、山田美夜(13)が立ち上がって近づいてきた。
「渡辺さん…もういいよ」
「でも」
美夜は珠子の言葉を遮るように、一純の前に座った。
「もういいわ。でも最後に言わせて一言、ぶっころ」
(それだけ!?)
珠子の突っ込みが入った。
「やっぱあと一言、Fuck you」
(結局そっちなんだ…)
教室にいた人全員が呆れ顔で美夜を見ていた。美夜はそのまま教室のドアのところまで行き、こう言い残して出て行った。
「私の“Love”が“Fuck”に変わった瞬間(!?)、あんたの中では理京が消えたんだね」
――理京が消えた。
僕には理京しかいなかったのに、理京は消えた。
僕の前からいなくなった。
『もう付き合えない』
だから理京はもう僕の所に戻ってこない。
≪8月2日≫
登校日。
一純は理京の机の前に立った。
「理京に会いたい…」
ぽつりと呟く。
――会いたい、理京に。
会いたい!
「!?」
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