小説

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ねぇ一純――。
なんで一純の家に行っちゃいけないの――!?

一純13の秘密


「ダメ!」
「なんで!?」


佐藤一純(13)、絶体絶命。
川越理京(13)に問い詰められてます。


「なんでダメなのよっ! 私はお前の彼女だっ」


『一純の家に行っていい?』


「う、うち、ヘンだし…」
「確かにヘンだけどー!」
「え゛」

さあ、どうなる!?


「もういいっ別れる!」
「え゛ぇぇーっっ」

一純大ピンチ!!
必死に、去ろうとする理京にしがみつきます。

「ちょぉっとまってぇ〜〜っ」
「離せ!! 分かったから!」

全然分かってない。
一純が理京から離れたところで、理京は歩き出した。
そんな理京の後ろ姿に、一純は叫んだ。

「まっ…毎日一緒に帰りますからぁ〜〜」

すると理京の目の色が変わった。

「毎日ィ?」

黒い笑みを浮かべている。
一純は言ったことを後悔した。

(言わなきゃよかった)

「…ハイ」
「吹部遅いよ? 冬は寒いよ?」

吹部=吹奏楽部のこと。理京は吹奏楽部なのだ。

「…ハイ」

一純はそう言うしかなかった。

「よっしゃあー乗った!」

理京は『♪』をいっぱい飛ばしながら走り回る。

(うえ〜んこわいよぅ;;)


――思えば、乗らないほうがよかったかも…





放課後。

「ちょっと待ってよ〜っなんでそんな急ぐの?」

理京は一純を追いかけるようにして走っていた。
一純は理京の前を走っている。
もう日は沈みかけていた。

「早く早く!」
「なんで早くなのっ」
「早く早く!」

さっきから一純はそればかりだ。質問の答えになっていない。

「はぁはぁ…っもう着いたんだから教えてよー」

気が付くと、一純の家の前まで来ていた。

「なんで早くなの?」

逃げ場は何処にもない。

「そっそれは…」
「それは?」


ダダダダダ…


一純の家から、誰かが走ってくるような音がした。

「つまり…」


そして。


バンッ


日が沈んだと同時に、一純の家から1人の女の子が出てきた。

「あ、兄ちゃんっ心配で今見に行こうと…えっそれダレ?」

茶色っぽい髪の毛をツイルテールにした女の子。
一純のことを“兄ちゃん”と呼んだ。

――兄ちゃん? え? でも…

「一純って妹いないって言ってなかっ…た、け…」


理京が一純を見ると、そこには女の子が立っていた。
一純の学ランをきて、一純のカバンを背負って、一純のテニスラケットを持って、一純にそっくりな顔立ちをした。
真っ黒なロングヘア、長い睫毛の女の子。

「〜〜!?」

理京は混乱して声が出ない。
その女の子は気まずそうな表情で理京から目を反らした。
それを見て、ツインテールの女の子――もとい一純の“弟”、佐藤仁(11)が言った。

「まさかっ…兄ちゃんその人…
何も知らないんじゃ…」


――え…?



『何も知らないんじゃ…』

理京の中で、その言葉が反復している。
そして、付き合い始めた日、2人がした“約束”が思い出された。


『約束だよ』
『秘密はなしにしよう』





『約束だよ』


『川越…これから…どうしようか…』
『うん…――』
『とりあえず家には帰れないよねー』
『ごめんな』
『よかったぁー』
『ダメ!』
『なんでだめなのよっ!』
『うち、ヘンだし…』
『ちょっと待ってよぉ〜〜』
『早く早く!』
『秘密はなしにしよう』


『何も知らないんじゃ…』


――まさか。一純が約束を破るなんて。




次の日、3月10日はクラスマッチだった。
教室の後ろの黒板には、気合いの入っている女子による装飾(男子から見ればただの落書き)が施されていた。
理京はというと、椅子に座ったままぼんやりと考え事をしている。

(なんでこないの一純)

「おーい、理京?」

悪ダチ、飯根波音(12)の呼びかけにも答えない。昨日はなんの説明もされぬまま、2人はすぐに家に入ってしまった。

(訊きたいこと、山程あるのに)

「理ィ京ぉ?」


ガラッ


その時だった。
教室の後ろのドアから、1人の女の子が入ってきた。
昨日見た黒髪を2つに束ね、学ランではなく、セーラー服を着た女の子が。
その女の子は無言のまま教室の前の方へ歩いていく。

「だれー?」
「えー?」
「結構可愛くない?」
「知らないよねー」

教室のあちこちからそんな声があがる。
そして教室の1番前まできたところで、女の子は振り返った。

「どーもっ☆ えーっと佐藤一純の双子の妹、佐藤千純でーす☆ クラスマッチですが今日限り一純に代わって私が! よろしくねっv 好きなスポーツはテニスv」

(はいぃー? ってゆうかあれ一純本人だろフツーに)

それを見ながら、理京は呆れ返っていた。

(いつから女装が趣味になったのかなι 男子怒るだろ…)

理京がそう思って男子の方を見ると、梅北航生(13)が親指を立てて言った。

「佐藤ムカつくけどゆるす! 可愛いから!」

(ゆるすのかよっ! か、かわい…?)

理京は単純な男達を見て再び呆れ返った。
大体、もし双子だったら何故千純は学校に来ていないのだ。
そんなことにも気付かずに、続けて航生は言う。

「でも…クラスマッチ女子の方だよな? とーぜん」

ポンッ

それは“千純”と名乗った一純が理京の肩に手を置いた音だった。

「ちょっといい?」

冷めた声で千純はそう言い、理京の顔は青ざめた。

(ナンデスカー?!)




誰もいない場所に着くと、千純は突然頭を下げた。

「はっ」
「ごめんっ」

(へっ…)

「『秘密はなし』って約束してたのに、ずっと黙ってましたっ。っでも悪気とかなくて…実はウチの家系って、13歳の誕生日から夜になると性別が変わっちゃうんだ。ちなみに末っ子は11歳だから、弟は末っ子ってワケで…それが好きなコにバレると1日だけずっと性別変わったままで…きのーバレたから今日がその日ですっ」

(一純…女装じゃなかったんだー)

「この体質は結婚して子どもが産まれたらなくなるらしい…」
「ふーん…じゃあ一純の奥さんになる人責任重大だねぇ」

そう言って理京は、他人事のように笑った。

「え?」
「『え?』?」

一純は困惑した表情で理京を見る。

(え…?)

「だって僕…気、早いかもしれないけど、このまま18まで気持ちが変わんなかったら、理京と結婚するつもりなんだよ?」
「…はい?」

(まさか)

「その気…ない?」

(最初から、一時のつもりで…――?)


『もういいっ別れる!』

一純は、昨日理京に言われた言葉を思い出した。

「――…本当に」





「……」

体操服に着替えた2人は、互いにそっぽを向いたまま、体育館へ続く渡り廊下を歩いていた。

(2人とも目がこわい…何があったんだ?)

波音はそんな2人の後ろを歩きながら思った。



『本当に…別れる…?』





「体育館5周ーっ!」

体育館に着くと、体育教師が生徒にそう指示した。
生徒達は面倒臭そうに走り始める。

「凛ちゃんっ走ろっ」

千純は理京の友達である村上凛(13)に声をかけた。

「んあっ? んー」

奇妙な返事をした凛と千純は、一緒に走り始めた。

「ねぇちーちゃん(千純のアダ名)、どうしたの?」

走り始めてすぐ、凛が言った。

「何が?」

と千純は返す。

「理京と…帰ってきてから変だったから…」
「んーちょっと…一純のことで…」
「佐藤くんのこと? 佐藤くんと理京ってなんかあやし〜」
「えっ…バレてるι …」
「付き合ってたりしてv」
「う…うん」
「えっ!? 本当に!?」

凛は本気で驚いた。

「あ〜っどーして理京黙ってたのかなぁ〜言ってくれれば…」
「え?」
「あたしたち、理京応援してたんだ♪」

そして凛は理京が片想いだったころの話を始めた。


『そこの男子静かにしてー!』


『きゃーv 佐藤を怒っちゃったよーv』
『よかったねっ』


『私っ…嫌われてるのかなぁ…っ』
『大丈夫だよ。佐藤くんに直接訊いてみればいいじゃん』
『うん…ありがと』


その話を聞く限り、とても一時のつもりで付き合っているようには思えなかった。




クラスマッチが始まった。
この学校では男子はサッカー、女子はバレーと決まっている。
女子のバレーは時間制で、前半8分、後半8分の計16分、1点でも点の多い方が勝ちだ。

「どぉーよ? 女子」

理京が試合を観ていると、後ろから声がした。
見ると、体育館の外から、クラスメイトの大竹龍人(13)が顔を覗かせていた。

「大竹!」
「よっ☆」

軽く手を挙げた龍人に、理京は今の状況を説明する。

「とりあえず、1試合目は勝ったよ。今2試合目。1組とだけど――互角で…ダメかも…」

その時、前半終了の笛が鳴った。
20-17。
1組のリードだ。

「じゃ、いってくるっ」

そう言って理京は走った。
コートへ向かう途中で、千純とすれ違った。

(負けられない)

理京は拳を強く握り締めた。

後半も接戦だった。
20-18
21-18
21-19

『ラスト5分』

放送席の実行委員が言った。
21-20
21-21
22-21
23-21
23-22
23-23

『あと1分』

「……」

(理京…)

千純はコートの中で頑張っている理京を見ていた。

『一純の奥さん責任重大だね』

ふと、理京の言ったことが頭をよぎる。

(一時のつもり…だったんだろ?)

その時、1組のコートからボールが飛んできた。誰もが5組のコートに入らないと思った。
ところが、ボールはネットギリギリを通過した。

「入ってるっ!」

コート内にいたバレー部が言う。1番近くにいるのは理京だ。

「もうダメだー」

一純の後ろで山田久香(13)が呟く。

(大丈夫)



 
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