小説5

□最果ての希望
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最果てなんて無縁だと思ってた。

『――リト文明の予言では、6月に地球は滅亡すると云われており…――』







「紗子香ー閑美ーおはよー!」
「おはよー蕗希!」
「ねぇ、昨日のアレ見た? リト文明の予言とかいうやつ!」
「見た見た! 6月に地球滅亡でしょ? つーか来月じゃん!」
「ホントだったらヤバくない? マジ怖いよねー!」
「いやいやどうせナントカの大予言みたいに大ハズレでしょー!」
「ウケる」

いつもの仲間との会話。

『宇宙センターは、避けようのない大きさの隕石が地球に接近していることを発表しました。衝突日時は6月3日前後とみられており…――』

それも終わるらしいと知った、春の終わり。

「閑美ー蕗希ーおはよー!」
「おはよー紗子香」
「元気だねー昨日のニュース見た?」
「見たよ! 隕石でしょ?」
「ヤバくない? リト文明の予言当たったってことじゃん」
「しかもホントに来月だし」
「けどそんな心配してたってしょうがなくない? 泣いても笑っても来月地球なくなんの変わんないんだったら、最後まで笑ってた方がよくない?」
「…だね! ウチらがテンション低いのとか有り得ないし!」
「そーそー!」

最後をどう生きるかは、その人次第だ。だけど、泣いて悔やみ続けても1日、笑って楽しみ続けても1日。だったら、どっちがいいかは決まりきっている。







「夙川さん」

1人で廊下を歩いていると、声をかけられた。振り返ると同じ制服を着た女子が立っている。

「アンタ…誰だっけ?」

紗子香はその女子に見覚えがなかったので聞いた。

「1組の忍野です。忍野世夜子」
「1組ねぇ…」

1組といえば、隣のクラスだ。しかしやはり見覚えはない。名前を聞いても思い出せなかった。

「で、何? なんか用?」
「いえ…用という程ではないのですが、先程貴女がご友人と話しているのを聞いたもので…」
「話? 何の?」
「地球がなくなるのが変わらないなら笑っていた方がいい、と…」
「あーアレね、だってそうじゃん? あれやりたかったこれやりたかったって後悔しまくったってしょうがないじゃん」
「怖くはないのですか」

世夜子は静かに言う。表情が読めない。

「そりゃ…全然怖くないって訳じゃないけど? でも、みんな一緒に死ぬんなら、そんなに怖くはないかな。誰かを悲しませることもないし」
「…そうですか」
「あと…ちょっと、最果ても見てみたいかなって」
「…最果て?」

世夜子は聞き返す。すると紗子香が楽しそうに笑った。

「地球が終わるとき、どんな感じなのかなーって。ま、そのあとすぐ死ぬんだから、見てどうってことじゃないけどさ」
「…分かりました。それで充分です」

世夜子はやはり静かに言う。紗子香は眉をひそめた。

「あ? どういうこと?」
「いえ、では」

言って世夜子は紗子香に背を向ける。そして止まった。

「貴女になら、任せられそうです」
「え? 何て言った?」

紗子香の質問には答えず、世夜子は振り返る。

「最果て、楽しみですね」

それだけ言うと、世夜子は歩いていった。

「は…?」
「あっいたー! 紗子香!」
「何してんのこんなとこで!」

その場で立ち尽くしていると、後ろから閑美と蕗希が走ってきた。紗子香は振り返る。

「ねぇ…1組にさ、オシノなんていた? オシノセヤコ」
「は? オシノ? いないでしょーねぇ?」

閑美は眉をひそめて蕗希に言った。

「てか学年でもオシノなんて聞いたことないけど」

蕗希も言う。では先程の女子は一体何だったのか。幻だろうか。紗子香は振り返るが、誰もいない。

「…だよね」




それから最後の日まで、世界は変わらずに続いた。学校も今まで通りにあったし、親も仕事に行った。やはり皆“何もしない”ができないのだろう。店もいつも通り開いていた。

「紗子香ー次どうする?」
「んーどうする? どっか行きたいとこある?」
「あ! あたし駅前のファミレスのパフェ食べたい!」
「あーあの特大パフェ!」
「おーいいじゃん! 行こう行こう!」

3人もいつも通り、いやいつもとは少し違ったが、思い切り遊んでいた。自分のやりたいことを、やり残しのないように。



そして迎えたその日。はっきりと今日と言われた訳でもなかったが、皆薄々そう感じていた。今日がその日であると。動物達はこれから起こることを察知したように静かで、鳥のさえずりや虫の鳴き声が聞こえないだけで、世界は驚く程静かだった。紗子香は外へ出る。見上げると、空を厚い雲が覆っていた。辺りを見るが、人通りはない。皆家に籠もっているのだろう。そう考えていると、誰かが目の前を走り去る。

「五浦!」

紗子香は呼び止める。クラスメイトの五浦だった。五浦は立ち止まり、息を切らしながら紗子香を見る。

「夙川…」
「どっか行くの?」
「っ檜原に告りに行くんだよ! 最後だからな!」

それだけ言うと、五浦は再び走り出した。

「五浦…閑美のこと好きだったんだ」

紗子香は呟く。檜原というのは閑美の苗字だった。

「間に合え…」

とにかく間に合え。その1秒後に地球が終わるとしても、伝わって欲しい。伝え合って欲しい。そう思った。家の塀に登り、その上に腰を下ろす。やがて静かだった空から、段々と音がし始めた。それは次第に大きくなり、轟音へと変わる。紗子香は思わず耳を塞いだ。辺りが震えだし、塀から飛び降りる。顔を上げると、それは目の前にあった。立っていられなくなり、紗子香はその場に倒れ込んだ。
地球は終わる。

「5秒前」

紗子香は呟いた。勿論本当に5秒前と分かった訳ではない。ただ、なんとなくだ。紗子香の声は轟音にかき消された。

「4」

「3」

「2」

「1」

自分の耳にも届かない声で呟く。

「0」

閑美と五浦はどうなっただろう。そんなことを考えながら、紗子香は目を閉じた。










目を開けると、先程までよりも分厚い雲が空を覆っていた。

「生き、てる…?」

呟いた声は籠もって聞こえる。紗子香は起き上がった。そしてようやく、自分が防護服のようなものを着ていることに気付く。

「何、これ…」
「夙川さん」

そのとき、聞き覚えのある声がした。振り返ると、世夜子が立っている。防護服は着ていない。

「オシノ…」
「これが、貴女の見たがっていた最果てよ」

世夜子はそれだけ言う。紗子香は辺りを見回した。吹き飛んだ建物、枯れ果てた植物、死に絶えた動物、辺りに漂う黒い霧。

「これが…最果て…」

呟いて紗子香は、苦く笑った。

「はは…ずっと見てたいもんじゃないね…この景色は…」
「そうでしょう。最果てですから」
「そ……で、なんであたしは生きてんの?」

紗子香は世夜子を見る。世夜子は無表情で紗子香を見ていた。

「隕石が衝突する瞬間、貴女は地上にいなかったからです」

世夜子は言う。紗子香は眉をひそめた。

「は…?」
「貴女を地下シェルターに隔離していました」
「地下シェルター?」

世夜子は頷く。

「重要人物だけを隔離する為のシェルターです」
「重要人物って何? 総理とか?」
「いえ、総理大臣は特に不要です。どちらかと言えば天皇陛下ですが、それも国がなくなってしまえば意味はありません。この場合の重要人物とは、貴女を指すのです」

紗子香は更に眉をひそめる。自分の何処が重要人物なのだ。

「どういうこと?」
「貴女にもう一度世界を作っていただきたい。貴女にならそれができると、私は貴女を選びました」
「世界を作る? 何言ってんの? なことできる訳ないじゃん。ていうかアンタは何者なの?」
「私…ですか。人類の行く末を見届ける者、とでも云いましょうか」
「は? じゃあアンタ、人間じゃないっての?」
「そうですね。人間ではありません」
「…へえ」

紗子香は言う。疑ってはいなかった。

「地球はどうなったの? ぶつかられて」
「割れましたよ。元の3分の1程度の大きさになりました。欠片は飛んでいき、今はこの周りを回っています」
「隕石は?」
「隕石も割れましたよ。ほとんどが地球の欠片と同じように飛んでいきました。残りの部分は今の地球に併合しました」
「ヘイゴー?」
「1つになったということです。隕石だった部分も合わせると、今の地球の大きさは元の半分といったところでしょうか」
「へえ…あの黒い霧は何?」
「あれは霧ではありません。ガスです」
「ガス…ああ、だからあたしはこれ着せられてんのか」

紗子香は防護服を示して言った。

「はい」
「アンタは平気なの?」
「はい」
「…で、あたしは何をすればいいワケ?」
「何でも。地上の浄化から始めてもよし、地下都市建設から始めてもよし。貴女のお好きなようにどうぞ」
「アンタは手伝ってくれんの?」
「貴女が望むなら」
「…種、ある?」
「種?」

世夜子は聞き返した。

「何でもいい。なるべく丈夫な植物の種」
「……」

世夜子は黙って手を裏返し、握る。そして表に返し、開いた。手の上には、種がある。紗子香は笑う。

「…すっげ」

そして土を掘り、それを植える。

「雨、降らせる? オシノ」
「ここにだけなら」
「十分だよそれで」

言った通り、世夜子は種を植えた場所に雨を降らせた。

「こいつ、地上に出ても枯れない?」

濡れた地面を見ながら、紗子香が言った。

「枯れませんよ。とても丈夫な植物ですから」
「空気を綺麗にしてくれる?」
「植物ですから。時間はかかりますが、いつか必ず」
「いいよ。それで」

紗子香は再び笑った。

「これでいいよな?」
「は…?」
「こいつが育って、花かなんか咲いて、実ができて、種が飛んでって…いや、風吹かないならその場に落ちるだけでいい。そしたら周りからまた育って、どんどん広がってって…みんなで空気を綺麗にしてくれる。そしたら風も吹くようになって、種もどんどん遠くに飛んでって…そうやってできたんでしょ? 地球って。時間かかんのは当たり前だろ。前の地球だって40…6億年? とかかかってああなったんだし。今すぐ元に戻すなんて無茶だよ」
「ですから私と貴女が協力すればそれも…」
「いいっていいって!」

世夜子の言葉を遮って、紗子香は笑った。

「急いで作った文明なんてまたすぐ滅びるよ。ゆっくりできたもんはゆっくり作り直すのが1番だって!」
「……」
「そのうちまた人間みたいなのが現れるよ」

言って紗子香は防護服を脱ぎ出す。

「何を…」

世夜子は言う。

「最後にもう1つ聞いてい?」
「…はい?」
「閑美と五浦どうなった? 会えた?」
「…会えましたよ。思いが通じ合い、抱き締め合っていました。最期まで」
「そっか…よかった。アイツらちゃんと言えたんだね」
「……」
「あとはよろしく」

紗子香は笑い、最果てを見た。

「…やはり貴女を選んで正解でした」

世夜子は呟いて、微笑んだ。初めて見せた“表情”だった。



end


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