小説5

□嫌なものは嫌
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「俺と付き合って下さい!」
「嫌」



なものは



「ちょっと小麦子! 姉妹くんフッたってマジなの!?」
「あの学年一人気のある爽やか男を!?」
「ファンクラブまであるあの姉妹藍治を!?」

クラスの女子達が彼女に群がる。つい先程の出来事だというのに、もう広まっているらしい。

「うん」

彼女――椋鳥小麦子は平然と言ってのけた。女子達は更に食いつく。

「なんで!?」
「あんなカッコよくて優しくて頭もよくてスポーツもできるなんて完璧な男、そういないよ!?」
「そんな男が小麦子のこと好きだって言ってんのに!」
「勿体な!」
「姉妹くんの何が気に入らないワケ!?」
「だって、別に興味ないし」
「興味ないってアンタね…!」
「もーいいじゃん別に!」

言って小麦子は立ち上がる。

「アタシが藍治くんフッたって悪いことないでしょ! 藍治くんアタシの好みじゃないし! 嫌なもんは嫌なの! それでいいじゃん!」
「小麦子!」

教室から出て行こうとした小麦子を、親友の駒鳥綿子が呼び止める。

「アンタその断り方どうにかならないの?」
「…何」
「嫌なものは嫌、って…いっつもそれじゃん」
「…だって嫌なものは」
「そんな断り方される男の身にもなってみなよ。キツいでしょ」
「…知らない」

言って小麦子は、走って教室を出た。

「ちょっと小麦子!」
「…姉妹くんも、なんであんな子好きになったんだろ」
「ねー」




小麦子が廊下を歩いていると、藍治が見えた。先程小麦子が藍治をフッた場所だ。どうやらあれからずっと、あの場に立ち尽くしているらしい。

「椋鳥」

藍治を見ていると、誰かが話しかけてきた。小麦子は声のした方を見る。

「雄悟くん」

隣のクラスの田亀雄悟だった。去年は同じクラスだった男だ。

「姉妹見てたの?」

雄悟は今小麦子が見ていた方を見て言う。小麦子は藍治に視線を移す。

「ああ…うん」
「…告白されて、フッちゃったとか?」

小麦子は再び雄悟を見た。

「…なんで知ってんの?」
「知ってた訳じゃないよ。勘」
「……」
「あの様子じゃ相当落ち込んでるね。姉妹」
「…知らない」
「じゃあ何で見てたの?」
「それは…たまたま目に入ったから」
「ふぅん」
「…何よ」
「別に? 俺は姉妹と椋鳥がどうなろうが関係ないし」
「だったらいいじゃんほっといてよ!」

言って小麦子は雄悟の横を通り過ぎる。

「…怖」

雄悟はその後ろ姿を見ながら呟いた。





翌日。藍治は女子に呼び出された。藍治は知らないが、昨日小麦子に群がっていたうちの1人だ。

「フラれたばっかの姉妹くんにつけ込むみたいになっちゃうけど、私と付き合ってください!」
「…ごめん。俺、小麦ちゃんのことまだ諦められないんだ」

その後、フラれた女子は友達と廊下を歩いていた。

「元気出して朝子。朝子は頑張ったよ」
「まあ椋鳥さんのことがなくてもOKしてくれるとは思ってなかったけどさー…姉妹くんがあそこまで一途だとは思わなかったよ」
「そりゃねー…」
「でもショックだよ…姉妹くんがあんなに好きな相手が椋鳥さんなんて」
「ちょっと朝子」

友達がフラれた女子、もとい朝子を止める。正面に小麦子が立っていた。

「…椋鳥さん」
「ごめんね。みんなの藍治くんがこんなのに惚れてて」

小麦子は大してごめんとも思っていないような口調で言う。

「…アンタ、どんな手使ってたぶらかしたワケ?」
「はあ?」

朝子の友達の言葉に、小麦子は顔をしかめる。

「何ソレ。なんでアタシが藍治くんをたぶらかさなきゃいけないの? アタシ藍治くんには興味ないって言ったでしょ? アンタ達も聞いてたよね? 昨日」
「じゃあ何で姉妹くんがアンタみたいなの好きになんのよ!」
「知らないよこっちが聞きたいわ! 藍治くん趣味悪いんじゃないの?」
「…酷い。よくそんなこと言えるよね」
「真佐子、もういいよ。行こ」

朝子が言い、2人は去っていく。真佐子は最後まで小麦子を睨んでいた。

「そんな無闇に敵作らなくてもいいんじゃないの?」

すると後ろから声がして、小麦子は振り返る。雄悟が立っていた。

「雄悟くん」
「あれじゃあの子らも怒るでしょ。わざわざあんなこと言わなくていいのに」
「アンタには関係ないでしょ」
「まあ関係ないけどさ。発言には気を付けた方がいいよ? 何処で誰の恨み買うか分かんないし」
「……」

小麦子は雄悟に背を向けて歩き出す。分かってはいるが、一朝一夕で治るものではない。しかし“恨み”と言われても、あまりピンとこなかった。



そしてその日の下校前、それは起きた。小麦子は靴箱に向かい、自分の靴に手をかける。すると何かカサッと音がした。小麦子は靴箱を覗く。封筒が入っていた。

「何?」

小麦子はその場で封筒を開ける。

「! …何、これ…」

封筒の中には、写真が入っていた。小麦子が1人で写っている写真。全く身に覚えもない。明らかに隠し撮りだった。

「恨み…?」

小麦子は呟く。先程雄悟が言っていたことを思い出す。誰かの恨みを買う、とはこういうことだろうか。しかし、これは恨みとは別物のような気もする。小麦子は写真を裏返す。

“いつもあなたを見守っています。”

裏には、男のもののような字でそう書かれていた。小麦子はゾッとする。

「ストーカー…?」

恨みか、ストーカーか。どちらにしろ恐ろしいことだが、後者の方がしっくりくる。

「椋鳥?」

すると突然名前を呼ばれ、小麦子はビクッとした。見ると、雄悟が立っている。

「…雄悟くん」
「どうした? 何かあったの?」

雄悟は小麦子が手に持っているものを見て言う。

「あ…いや、何でもない」
「何でもなくないだろ」

言って雄悟は写真と封筒を奪う。

「っ何だよこれ…」

雄悟は写真を見て呟いた。

「中身これだけ?」

小麦子は頷く。雄悟は小麦子に写真と封筒を返した。

「とりあえず、相手はウチの学校の奴だよな」
「…うん」
「これだけじゃ何とも言えないし、もう少し様子見た方がいいかもな」
「…うん」
「なんかあったら、俺に相談しろよ。関わっちゃったし、犯人見つけるの、協力するよ」
「…ありがとう」

小麦子は写真を封筒に戻し、カバンに入れる。

「今から帰んの?」
「…そうだけど」
「送ってこうか?」
「いいよ。そこまでしてくんなくて」

小麦子は靴に履き替え、手をヒラヒラさせて校舎を出て行く。雄悟がその後ろ姿を見送り、自分も帰ろうとしていると、何やら視線を感じた。チラッと上を見ると、2階から藍治がこちらを見ていた。





翌日、学校に着いた小麦子はドキドキしながら上履きに手を伸ばす。しかし今日はまだ何も入っていないようだった。小麦子はホッと一息吐く。

「そうだよね…」

呟いて、教室へ向かった。教室に着くと、小麦子は入口で足を止める。自分の机の周りに人だかりができていた。小麦子の鼓動が速くなる。

「小麦子!」

人だかりの中から、小麦子に気付いた綿子が呼んだ。綿子は入口で固まっている小麦子に駆け寄る。

「アンタの机、ヤバいことになってる」

綿子に言われ、小麦子は自分の机に走る。人だかりを作っていた生徒達は、走ってきた小麦子を見て道を開けた。

「…何、コレ…」

小麦子の机に、油性ペンで大量のハートマークが書かれていた。

「気持ち悪いよねー…」
「もしかしてストーカー?」
「やだ怖ーい」
「これ椋鳥さんに恨みでもあるんじゃないの?」
「有り得るー椋鳥さんこの間姉妹くんフッたし」
「姉妹くんファン完全に敵に回したよね」

周りからヒソヒソと話が聞こえてくる。小声ではあるが、小麦子に聞かせまいとしている訳ではないことは分かった。現にしっかりと小麦子の耳に届いている。小麦子は勢いよく椅子を引き、そのままの勢いで座った。周りは静まり返る。

「何?」

ジロジロ見ている周りの人間に、強めの口調で言った。今度こそ小麦子に聞こえないような声でヒソヒソと話しながら、皆小麦子の机から離れていく。

「机…そのままでいいの?」

ただ1人残った綿子が、小麦子に言う。

「別に、アタシのものじゃないし」

それから小麦子はその机で授業を受け続けた。おぞましい程ハートマークの書かれた机で平然と授業を受ける小麦子を見て、周りはやはり遠巻きにヒソヒソと会話をしていた。しかし午前中の授業が終わり、昼休みに屋上で時間を潰して戻ってくると、また小麦子の机の周りに人だかりができていた。

「小麦子!」

先程のように綿子が近寄ってくる。

「机…自分で替えたの?」
「え?」

小麦子は再び人だかりを割って机に向かった。するとそこには、油性ペンの跡も全くない綺麗な机があった。元々小麦子が使っていた机とは違う。別のものだった。小麦子は屈み込んで机の中を見る。教科書もノートもファイルも、綺麗に移動されていた。

「みんなが騒いでたからじゃない?」
「犯人に聞かれたのかも」
「余計キモくない?」
「教科書とかノートとか触ったってことでしょ?」

再び周りは小麦子に聞こえるくらいの声で言う。小麦子は勢いよく立ち上がった。

「誰か! 犯人見てないの?」

周りに向かって言うが、誰も何も言わず、小麦子から顔を逸らした。

「1人ぐらい怪しい人見かけてたっておかしくないじゃん! なんで誰も見てないの!?」
「小麦子…!」

綿子が小麦子を止めるように言う。走って教室を出た。

「小麦子!」

綿子の声が聞こえたが、追ってはこない。

「椋鳥さん」

小麦子が校舎の陰に立っていると、誰かが声をかけてきた。見ると、同じクラスの田西和穂だった。

「何」

小麦子は強く言う。和穂は言い辛そうに口を開いた。

「あの…私、見たの。さっき…」
「…何を?」

小麦子は、先程よりは柔らかい口調で言う。

「…し、姉妹くんが、ウチのクラスから出てくるとこ…」
「藍治くんが…?」

和穂は頷いた。

「あの、犯人かは分からないけど…そのとき、教室に誰もいなくて…私が教室に入ったときには、椋鳥さんの机…替わってた」
「……そう」
「あの、さっき言えなくて…ごめんなさい…こんなこと言ったら…姉妹くんファンの子が黙ってないと思って…」

和穂は怯えながら言う。小麦子は首を横に振った。

「…ありがとう」
「じゃあ…」

そう言って和穂は教室に戻って行く。

「…藍治くんが…」

呟いて、小麦子も教室へ戻った。





その日の放課後。小麦子が帰り支度をしていると、机の奥でガサッと音がした。プリントはちゃんとファイルに挟んでいるので、こういうことはあまりないのだが。嫌な予感がした。机の中の物を全部出して奥を見る。身に覚えのない封筒だった。取り出して中身を出す。今度は手紙だ。

“僕の愛、伝わった?”

便箋の真ん中にその一文。見た瞬間、小麦子は無意識に紙をくしゃくしゃにしていた。そのままカバンに入れ、教室を出る。恐らくは、机の中身を移したときに入れたのだろう。気持ち悪い。小麦子はカバンを握りしめた。靴箱に向かうと、小麦子の靴箱の前に藍治が立っていた。小麦子は立ち止まる。

「…藍治くん」
「小麦ちゃん…」

藍治は小麦子が来たのに気付くと顔を上げた。

「…どいてくれる」

小麦子は藍治に向かって言う。

「あ…ごめん」

小麦子が靴を取れるように、藍治は少し横に移動する。小麦子は靴を掴み、出て行こうと歩き出す。

「あの、小麦ちゃん!」

すると藍治に呼び止められ、小麦子は再び立ち止まる。

「…何」

小麦子は振り返らずに言う。

「小麦ちゃんの机…」

その言葉を聞いて、小麦子は振り返る。

「アンタがやったの?」
「え、いやあの、」
「アンタがアタシの机に落書きして手紙入れたの? 昨日写真靴箱に入れたのも!? 前々から盗撮してたワケ? アタシのことつけ回して!」
「待っ…ちょっと待って俺」
「触んないでよ! 気持ち悪い!!」

腕を掴んできた藍治を、小麦子は振り払う。藍治はショックを受けた顔で小麦子を見ていた。



 
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