小説5
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『よし、できた。…おはよう。ラーラ』
欠恋語 3
ラーラ。それが彼女の名前だった。そしてアーベル・ブレア。それが彼女を作った、人形師の名前だった。
「僕はアーベル。君を作った人だ」
アーベルはラーラに向かって言う。ラーラは瞳を動かし、アーベルを認識した。アーベルは人形師だったが、ただの人形師ではなかった。そしてラーラも、ただの人形ではなかった。
「ラーラ、歌って」
アーベルが言うと、ラーラは歌い出す。彼女は、機械工学を学んでいたアーベルが、独自の特殊な技術を用いて造った特別な絡繰人形だった。
「よし、やめていいぞ」
その言葉で、ラーラは歌うのをやめる。
「…完璧だな」
これは製品化できそうだ、と言いながら、アーベルはラーラから離れていった。ラーラはそれを目で追う。ラーラはアーベルの部屋の棚の上に置かれていた。瞳や首、腕等は自由に動かすことができたが、足は台座に固定されている。歌うことはできるが、喋ることはできない。そんな人形だった。そしてこの時点で既に、ラーラには“心”があった。
「よし、こんなもんだな」
アーベルは部屋の棚に置いているラーラを持ち運び、作業場で歌を歌わせたりしていた。
「ラーラ、どうだ?」
アーベルはラーラに男の人形を見せて言う。ラーラは首を傾げる。
(何?)
「男女のセットで売るのもいいかもしれないな。ラーラはどうだ? お前の恋人に」
ラーラは目の前の男の人形を見つめたあと、首を横に振った。
(いらないわ。私はアーベルがいいの)
アーベルは残念そうにする。
「そうか…ラーラは気に入らないか。まあ別々でもいいしな。とりあえず女の人形も作って売り込みに行くか」
アーベルはその後、女の人形を造り、売り込みに行った。愛らしい見た目と美しい声を持つアーベルの人形は瞬く間に注目を浴び、アーベルは毎日忙しそうにしていた。そんなアーベルの疲れを癒すのは、ラーラの仕事だった。休憩で部屋に戻ってきたアーベルは、テレビもラジオもつけずラーラに「歌って」と言った。ラーラはそんなアーベルの為に、精一杯歌を歌った。アーベルはソファに座り、目を閉じてラーラの歌を聴いてくれた。
「ラーラ、ありがとう」
もういいよ、と言われ、ラーラは歌うのをやめる。アーベルに頭を撫でられ、頬が少し紅くなった。
「あれ、チークこんなに濃かったかな」
(アーベル…!)
アーベルがラーラの頬に触れ、ラーラは更に紅くなる。アーベルは眉をひそめる。
「…ラーラ?」
アーベルが言い、ラーラはアーベルを見た。そして、ラーラが“心”を持っていることを察したようだった。
「…このことは、僕とラーラの秘密だ。いいね?」
(…はい)
アーベルの言葉に、ラーラは頷く。アーベルは微笑んでもう一度ラーラの頭を撫でると、作業場に戻っていった。
「こんにちは」
「いらっしゃい、エリル」
ある日、家に女の人がやってきた。エリル・ミルハウスという綺麗な女だった。
(アーベルの恋人かしら)
ラーラは思う。するとラーラに気付いたエリルが近付いてきた。
「あら、可愛い。これ貴方が作った人形?」
「ああ、そうだよ」
「ふぅん…ラーラ、っていうの? 可愛い」
エリルはラーラの足下を見ながら言う。どうやら台座の側面に、名前が彫られているらしい。ラーラはエリルが見ている間、動かないよう勤めていた。
「ねぇ、この子歌うたい人形よね?」
「ああ、1番最初に作った歌うたいだよ」
「歌って」
エリルはラーラに向かって言う。ラーラは歌い出した。
「凄い! ホントに“歌って”って言ったら歌ってくれるのね」
エリルはしばらくの間、歌うラーラを眺めていた。
「ねぇアーベル、この子私にくれない?」
そしてエリルはラーラに歌わせるのをやめ、アーベルに向かって言う。
(え?)
「え?」
アーベルは驚いてエリルを見る。そしてラーラを見た。ラーラもアーベルを見る。
(ダメ。ダメだって言ってアーベル)
ラーラは心の中で言う。アーベルはもう一度エリルを見た。
「すまないが、ラーラはあげられない。この子は大事な子だ」
「…私より?」
エリルがアーベルの方を向いた。アーベルは驚く。
「私アーベルが好きよ。アーベルは違うの? 私より、この人形が大事?」
ラーラはアーベルを見た。アーベルは戸惑っている。そしてアーベルは2人に近寄った。ラーラの頭を撫で、エリルを見る。
「ラーラは誰にも渡せない。それが君であってもだ。それが許せないのなら、僕の前から去ってくれて構わない」
(アーベル…)
その言葉に、ラーラは頬を染めた。エリルは不満そうに溜め息を吐く。
「…人形に負けるとは思わなかったわ」
そしてエリルは出ていく。アーベルはソファに腰を下ろした。ラーラはそんなアーベルを見て歌い出す。アーベルは驚いてラーラを見た。
「ラーラ…」
ラーラは歌い続ける。ラブソングを。
(アーベル、愛してる。愛してるわ。伝わって)
アーベルは微笑んでラーラの頭を撫でた。
「ありがとう、ラーラ」
それから50年もの間、アーベルは1度も結婚することなく、人形を造り続けた。そしてラーラはアーベルの為に、歌を歌い続けた。それは2人にとって、何よりも幸せな日々だった。
(アーベル…)
このところアーベルはあまり体調がよくなさそうだった。しかし最近はあまり人形も売れなくなってきていたため、病院に行く金はなかった。
(アーベル…大丈夫かしら…)
思っても、声には出せない。ラーラにはやはり、歌でアーベルを癒やすことしかできなかった。しかし、それでアーベルの病がよくなる訳ではない。アーベルはついに倒れてしまった。
(アーベル…?)
アーベルは苦しそうにしている。
(アーベル! アーベル!!)
心の中でいくら叫んでも、アーベルには届かない。
(誰かっ…誰かきてお願い…!!)
勿論誰もきてはくれない。アーベルに駆け寄りたくても、人を呼びに行きたくても、ラーラの足は台座に固定されていて動かなかった。
(なんでっ…どうして固定したのアーベル…っ!!)
ラーラは前へ行こうと必死に体を動かす。
(アーベル…! アーベル…っ!)
そのとき、アーベルがラーラを見た。
(アーベル…!)
「ラーラ…」
苦しそうに、アーベルは言った。そして笑う。
(アーベル…?)
「これでやっと…君を…」
言いかけてアーベルは目を閉じる。
(アーベル? アーベル!!!)
ピッ
そのとき小さな音とともに、固定されていたはずの足が外れた。前のめりになっていたラーラはそのまま棚から落ちる。そして床に叩きつけられたのだが、それほど痛くはなかった。
(……?)
ラーラは起き上がる。目の前に自分と同じ大きさの男が倒れている。
「アーベル…?」
ラーラは言った。口から、言葉を発した。部屋の中を見回す。広かったはずの部屋は、とても狭く見えた。
「アーベル!!」
そしてラーラはアーベルに近寄る。
「アーベル! しっかりしてアーベル!!」
抱き起こし、何度も呼びかける。それでもアーベルは目を覚まさない。
「アーベル…!! 私まだ…! 貴方に愛してるって伝えてないのに…!!」
何を言っても、やはりアーベルは二度と目覚めなかった。
それから、隣近所に協力してもらい、無事にアーベルを埋葬することができた。ラーラは家に戻り、改めて部屋の中を見回す。人間と同じ大きさになり、アーベルのいなくなった部屋を見ると、そこは全く別の場所だった。
「アーベル…」
ラーラは呟く。ふと、自分がいた棚に目をやると、台座がそのままの状態で残っていた。
「こんなに小さかったのね…私…」
ラーラは台座に触れながら言う。そして側面に名前が書いてあるのを見つけた。それを見て、ラーラは表情を歪ませる。
「アーベル…!」
“Lala.B”
そこには、そう彫られていた。
「“Lala.B”って…」
そこまでの話のあと、淡子が言った。
「ラーラ・ブレア」
ラーラはそれだけ言う。淡子とクランは、それで意味を察したようだった。
「アーベルさんも、ラーラさんを愛していたんですね」
「…でも、伝えられなかったわ。お互いに」
「でもどうして、固定されてた足が急に外れたの?」
淡子が尋ねる。
「あとから知ったことだけど…あの台座には、アーベルの脈を感知できる機械がついてたの。アーベルが死んで、脈が止まったと同時に、足が外れるようになってた。自分が死んだら自由になれるように」
「……」
「アーベル、最後に私に向かって言ったの。“これでやっと、君を…”って。多分、“これでやっと、君を自由にしてあげられる”ってことだったんだと思うわ」
「…ならどうして、生きてる間は固定してたのかしら。固定してなかったら、ラーラは人を呼びにいけて、アーベルは助かったかもしれないのに」
「これは僕の推測ですが、」
クランが言い、淡子とラーラはクランを見る。
「アーベルさんは、ラーラさんが好きでした。恐らく、造っているときから、特別な思い入れがあったのだと思います。だから、ラーラさんが独りでに逃げ出すのを、恐れたのではないでしょうか」
「…馬鹿ね」
それを聞いて、ラーラは言った。
「私が、逃げ出す訳ないじゃない。アーベル…」
「喋ることができなかったのも、恐らく拒まれるのを恐れてのことかと」
「本当っ…馬鹿よ…アーベル…っ」
ラーラは哀しげに言ったあと、キッと顔を上げて淡子を見た。
「だから嫌なのよアンタ!」
「え」
「私は愛してるって伝えたくても伝えられなかった! クランだって、クランが見えないジンジャーと一緒になることは無理だったけど愛してるって伝えられたわ! なのにアンタはどうなの淡子? アンタはハルヒサと、姿も見えるし話もできるし、ジンジャーやアーベルと違ってハルヒサは生きてる! なのに自分が怖いからって、想いも伝えられずに逃げてきただけじゃない!」
「……でも、今から行ったってもう…」
「…まだ、遅くないかもしれないですよ」
クランの言葉に、2人はクランを見る。クランは2人の後ろを見ていた。2人は振り返る。そして淡子は、目を見開いた。
「…はるひさ」
淡子は立ち上がり、彼のもとへ走った。
End
参考−Wikipedia「夢魔」
アンサイクロペディア「夢魔」