小説5

□1
1ページ/2ページ

『淡子、あれをみてごらん。鳥がミミズを食べてるだろう。あの鳥は、ミミズに対して特別な感情を抱いてると思うか?』
『そんなわけないわ。だってあの鳥にとってのミミズはただの食料だもの』
『その通り。淡子、私達も同じだ。私達にとって人間は、あのミミズと同じなんだよ』



1


深夜。美味しそうな匂いを頼りに、その家へ辿り着く。窓の施錠は彼女にとって無意味なものだ。鍵を開け、部屋に入る。そしてベッドで寝ている男に近付いた。ミシッと、ベッドが軋む音がする。彼女が馬乗りになると、男はうっすらと目を開けた。

「…君は…?」

特に驚きもせず、男は言う。まだ寝ぼけているようだ。

「どうだっていいわ。そんなこと」

彼女は男の頬に手をあてて言う。

「夢…?」
「そう。これは夢よ」

言いながら彼女は、その手をゆっくりと下におろしていく。

「私を、抱いて?」

そして彼女は自分の服に手をかける。

「…随分、色気のある夢だな」
「そうでしょう? この後の展開はあなた次第よ」

彼女が服を脱ぐと、形のいい胸が姿を現す。男の下半身が反応したのを、彼女は見逃さなかった。微笑んでそこに手を伸ばす。

「気持ちよくしてあげる」






男が出した液をペロリと舐め、彼女は笑った。

「ごちそうさま」

立ち上がり、服を着始める。

「君は…、何者なんだ…?」

ベッドに横になったまま、荒く息をする男が言う。対する彼女は平気そうだ。

「夢魔、と呼ばれているわね」

服を着終えた彼女は、振り返って言う。

「むま…?」
「あなたの出す精液が、私達の食料」
「……そう、なんだ…」

男はそれ程驚かない。むしろ納得したような顔をしていた。

「美味しかった? …俺の、精液」
「…そうね。そこそこ美味しかったわ」
「そっか…よかった…」

男は笑う。彼女は眉をひそめた。よかった? 自分の精液がそこそこ美味しいと言われたことの、何処がよかったというのか。

「よかったら…また、来てよ。夢魔、さん」
「…夢魔さん、なんてやめて頂戴。淡子よ、淡子」
「あわこ…君の名前?」
「じゃなかったらなんなの?」
「あわこ…そっか、あわこ…」
「まあ、そこそこ美味しかったし、あなたがそう言うなら、お腹が空いたらまたくるわ」

淡子はそう言って、家を出ていった。




「あれ、淡子肌ツヤツヤじゃん。いい餌見つけた?」

夢魔の根城に戻ると、別の夢魔に声をかけられた。

「…そう?」
「そうだよ! 何なに? そんな美味しいの?」
「そうね。そこそこ美味しかったわ」
「へえ! 淡子がそう言うってことは相当ね。いいなーあたしも食べに行きたい! あ、淡子専用?」
「そうね…しばらくは独り占めしちゃおうかな」
「じゃ、飽きたら頂戴!」
「飽きたらね」

その夢魔は手を振って去っていった。家までの道を歩いていると、何人かの夢魔にやはり同じように声をかけられる。どうやら男は余程いい餌らしい。

「また来てよなんて言っていたし…いいのを見つけたわ」




そして翌日、淡子はまた男の家にきていた。本当なら毎日摂取せずとも、3日程度は持つのだが。淡子が窓を開けると、ベッドに寝ていた男がむくりと起き上がる。

「やあ」

そして男は言った。

「…起きてたの?」
「今寝に入ったとこだった」
「そう…」
「もうお腹空いたの?」
「少しね」
「そう」
「戴いてもいいかしら?」
「勿論」

男の了解とともに、淡子はベッドに近付く。そして昨日と同じように、男に馬乗りになった。

「あ、待って!」
「…何かしら?」
「体位変えない?」
「は?」

淡子は眉をひそめて言う。聞けば、自分が下だと“されている”感じがして嫌なのだそうだ。まあ確かに、と思う。

「なら私が下になればいいのね?」
「ああ。あ、あと…」
「何?」
「名前…呼んでほしいな」
「名前? 何かしら」
「陽久。飯綱陽久」
「はるひさ…でいいのね?」
「うん」

淡子はベッドに横になる。男――陽久はその上に覆い被さった。

「じゃあ…脱がせてくれる?」

淡子は陽久の頬に触れる。

「うん」

そして陽久は、淡子の服に手をかけた。




「っはぁ…あわ、こ」
「何かしら? はるひさ」
「美味しい…?」
「ええ」
「よかった…」

陽久は息を切らしながら笑う。やはり淡子には何がよかったのか分からない。

「あなた…変な人ね」
「そう…?」
「そうよ」
「…なあ…あわこ…」
「何?」
「それって、飲まなきゃダメ…?」
「…それって? 精液のこと?」

陽久は頷く。

「飲まなきゃダメって、どういうこと?」
「いや、あの…」

陽久は凄く言い辛そうに目を伏せた。そして小さく、

「挿れたい…」

と言った。淡子は目を丸くする。

「え? …ああ、そういうこと。いいわよ? 別に」

納得したように言い、淡子は微笑んだ。

「中に出して?」




食事が終わると、淡子は昨日と同様に服を着始める。やはり陽久はベッドに横になったままだ。

「…もう帰るの?」

荒く息をしながら、陽久が言う。

「ええ。もう終わったし」

淡子は陽久を見て返した。

「……」

陽久は黙ったまま淡子を見ている。淡子は眉をひそめた。

「…何?」
「………あの、」
「まだ足りない?」
「……うん」

少し黙ったあと、陽久は言った。

「息が上がっているように見えるけど?」
「…そんなこと、ないよ」
「そう?」
「うん」

陽久がそう言うので、淡子は再びベッドに近付いていった。

「そんなに言うなら、私がおなかいっぱいになるまで相手してあげる」
「…ありがとう」

陽久は切なげに笑い、そう言った。





淡子が満腹になったあと、陽久はどうやら失神したようだった。淡子も多少は息が乱れている。ベッドから降り、服を着て、淡子は出ていった。溜め息を吐いてお腹をさする。1週間程はこれで生活できそうだ。家へ戻ると、早速誰かが訪ねてきた。

「あわこっ!」
「佐紀子!」

佐紀子は、近所に住む子供の夢魔だ。子供の夢魔は、親が摂ってきた精力を餌に育つ。佐紀子もまだその段階だった。

「あわこー今日も教えて! 人間の男のよろこばせ方!」
「いいわよ?」
「やったー! あわこ大好き! さきこ、いつかあわこみたいなすてきなむまになるんだ!」

佐紀子は笑顔で言う。佐紀子にとって、淡子は憧れだった。佐紀子だけではない。近所の子供達は、皆淡子に憧れていた。

「ねーあわこ、人間の男ってかっこいい?」
「そうね…顔はまあまあね。でもとても間抜けな奴らよ。好みの女が上に乗ってくれば、悦んで勃たせるんだから」
「知らない女なのに?」
「そうよ。まあ、お陰で私達が生きていられるのだけどね」
「ふぅん」

好みの女ならだれでもいいんだねー、と佐紀子は続ける。そのとき何故か、淡子の頭には陽久の切なげな笑顔が浮かんだのだった。





それから1週間後。
そろそろお腹が空いてきたので、淡子は陽久の家へ向かった。鍵を開けようとするが、よく見ると既に開いているようだ。淡子は窓を開けて中に入る。

「…あわこ?」

ベッドの方から声がする。陽久がこちらを見ていた。

「久しぶりね」
「あわこ…ホントにあわこなの…?」
「え? そうだけど…何?」

淡子は眉をひそめて言う。すると陽久は淡子に駆け寄ってきて抱きついた。淡子は突然のことに動揺する。

「えっ!? ちょっ…ええ!?」
「よかったっ…よかったあわこ…!」
「なっ何なのはるひさ!? どういうことなの!?」
「もう…来ないのかと…」

陽久は淡子を強く抱き締める。人間にこんなことをされるのは初めてだった。

「あわこに…そっくりな子が来たんだ…」

やがて陽久は、淡子を抱き締めたままぽつりと言った。

「え…?」
「ホントにそっくりで…最初はあわこかと思った。その子もあわこと同じように上に乗ってきて…でも、あわこじゃなかった」
「…私じゃないって、どうして分かったの…?」
「…分からない。でも、あわこじゃないって思った」
「……」

淡子の胸が高鳴る。気が付けば、陽久の背に腕を回していた。

「あわこ…ホントにあわこだよね…?」
「…ええ、私よ。淡子よ」
「よかった…」

そのまましばらく抱き締め合ったあと、2人はベッドに入った。行為自体はいつもと何ら変わりはなかったが、淡子は満たされていた。生まれて初めての充実感。それを何と呼ぶのかは分からなかった。

「あわこ…」

終わったあと、いつものように服を着始める淡子に、陽久が呼びかける。

「何?」
「もう…帰らなきゃダメ?」
「…何? 今日もまだ足りな」
「違うんだ」

言いかけた淡子を、陽久が遮った。淡子は陽久を見る。

「このまま朝まで…一緒に、いれないかな?」
「…朝まで?」

陽久は頷く。

「…ダメ?」
「まあ…ダメではないけど…」
「ホント?」

淡子が言うと、陽久は心底ホッとしたように笑った。淡子はドキッとする。何故そんな風に笑うのか。淡子がそんなことを考えているとも知らず、陽久は布団を捲る。そして淡子に手招きした。

「おいで」
「…?」

淡子は言われるがままにベッドに近付く。すると陽久は淡子の手を引き、布団の中に招き入れた。

「きゃっ」

陽久は淡子を引き寄せ、布団をかける。

「何なの?」

訳が分からず、淡子は問う。

「一緒に寝よう」

言って陽久は、淡子の肩に腕を回す。

「この腕は何なの?」
「何って、腕枕」
「腕枕…?」
「知らない?」

淡子は首を横に振る。

「ごつごつして痛いわ」
「えーいいじゃん」
「…そうね」

確かにごつごつしていて痛かった。しかし不思議なことに、嫌だとは思わなかった。





朝早く、陽久が起きる前に、淡子は家へ戻った。

「朝帰り?」

家に入ると、中に人がいた。人、と言っても夢魔だが。

「安子」

淡子は言う。先日淡子に陽久のことを訊いてきた夢魔だ。

「あの男のところ?」

安子は言う。あの男とは当然、陽久のことだろう。

「そうよ」
「淡子…あの男、やめた方がいいわ」

突然、はっきりとそう言われ、淡子は目を丸くした。

「…何故?」
「私この間、あの男のところへ行ったのよ」

淡子は、陽久が言っていたことを思い出す。『淡子にそっくりな子が来た』と。あれは安子のことだったのだ。淡子と安子は似てはいないが、夢魔は相手の好みの容姿に見えるので、淡子が来るものと思っていた陽久には、安子が淡子に見えたのだろう。

「あの男…ずっと淡子の名を呼んでたわ」
「私の…名を…?」
「ええ。“あわこ、あわこ”と」
「……」
「私を淡子だと思っているのではなく、私を必死に淡子だと思おうとしてた。恐らくそうでないと、私とシていられなかったのよ」
「…はるひさ」
「あの男、淡子のことが好きよ」

確信めいた安子の言葉に、淡子は再び目を丸くした。

「何、言って…私は夢魔よ? はるひさだってそれを知って」
「そんなの、あの男が淡子を好きにならない理由にはならないわ」
「……」
「たとえ今はまだ好きでないとしても、これから好きになる可能性が高いわ。そうなれば淡子、あの男は危険よ」
「…そうね」

淡子は安子を見て言った。間もなく安子は家を出ていく。淡子は椅子に座った。淡子の身体には、まだ陽久の温もりが残っている。

「はるひさが、私を…好き?」

呟いてそのまま考え込む。そして立ち上がった。

「そんな訳ないわ。安子の考え過ぎよ。でも、そうね…確かに万が一そうなったら危険だわ。はるひさのところへは、もう行かない方がいいかもしれない」

淡子はそう結論付けたのだった。



そして数日後、お腹が空いたので淡子は食料を探しに出た。匂いを頼りに、家を探す。それなりに美味しそうな匂いのする家を見つけ、淡子は入っていった。男がベッドで寝ている。跨ると、男が目を覚ました。

「…雅世ちゃん?」




 
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ