小説5

□4人の魔女
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「この女は魔女だ! 直ちに裁判を!」
「違います! 私魔女なんかじゃ…!」
「やれやれ、人間ってのは馬鹿な生き物だねぇ」
「ニャオン」



4人魔女



0.ハニア・エレクトロン
リリア・ピックフォード。地方の町に住む大人しい娘だった。彼女はただ、引っ込み思案で人と話すのが苦手なだけだ。だから大抵は1人で家にいた。そして静かに本を読んでいたのだ。それなのに、それだけで、人々から“魔女”と噂された。ただ、買い物に出る以外はずっと家に篭もっていたリリアは、自分がそんな噂をされていることは知らなかった。町で“魔女狩り”が起きていることは知っていたが、まさか自分がその対象になるだなんて思いもしなかった。男達がリリアの家に、ノックもなく入ってくるまで。

「ちょっと、あなた達なんなんですか…!?」
「お前がリリア・ピックフォードだな」
「そうですけど…」

リリアが答えると、男達は部屋の中を物色し始める。

「ちょっと! やめてください! なんなんですか!?」

すると男の1人がリリアに本を1冊突き出して言った。

「コレはなんだ?」

男の手に握られた本は、『白魔術と黒魔術』という本だ。好奇心旺盛なリリアは、何の本でも読む。ただそれだけの理由だった。

「この女は魔女だ! 捕まえろ!」

突然男が叫ぶ。リリアは目を見開いた。

「なっ…違います! 私魔女なんかじゃ…!」

抵抗も虚しく、リリアは男達によって連れて行かれた。そこでは否定や抵抗は全くの無駄だった。自白するまで拷問されるだけだ。魔女でないことを証言してくれるような友人は、彼女には1人もいなかった。残酷な拷問に堪えきれず、リリアはついに自分が魔女だということを認めた。認めざるを得なかった。
そして魔女を自白したリリアは、すぐに処刑されることとなった。この時代には最もポピュラーな、そして後の時代にも最も有名な、火炙りの刑である。丸太に縛り付けるだけの簡素な処刑台。リリアの他にも、同じように拷問によって自白した女達が、同じように丸太に縛り付けられていた。周りでは興味本位でやってきた者達が処刑の様子を見守っている。やがて男達が手に持つ棒に火をつける。
そして足元の可燃物に火をつけようとしたとき。

「やれやれ、人間ってのは馬鹿な生き物だねぇ」

リリアの上から、声が聞こえた。リリアは驚いて見上げる。どうやらリリアが縛られている丸太の上に、誰かが座っているようだ。

「誰だお前は! いつからそこにいた!」

リリアに火をつけようとしていた男が、慌てた様子で言う。

「いつから? たった今だが」
「今だと!? ふざけるな!」
「ふざけてるのはあんたらの方だろう? この女達が魔女だって? 笑わせる。この子らが本当に魔女だったら、こんなに大人しく縛られている訳がないだろう? なあ?」
「何を言って、」

男の言葉を最後まで聞かず、上で喋っていた女は指を鳴らした。すると男達が持っていた棒から火が消えていく。

「なっ…!? なんだ!?」

男は慌てる。周りからもざわめきが聞こえた。

「いいかい」

リリアの丸太の上に立ち、女は慌てる男達に向かって笑った。

「魔女ってのは、アタシみたいな奴のことを言うんだよ」

そして女は突如として消えた。リリア達と共に。あとには弛んだ紐と丸太だけが残る。周囲の人々は呆然としていた。





気付くとリリアは、見たこともない場所にいた。一緒に処刑されるはずだった女達と共に。きょろきょろと辺りを見回すと見覚えのない女が目に入る。リリアの上にいた女だろうか。

「あの…」
「ニャオン」

リリアが何か言いかけたが、それを遮るように猫が鳴いた。見ると、黒猫がこちらを見ている。

「黒猫…」
「リタ」

すると女がそう言った。猫は女の元へ駆けていく。

「この猫は…」
「この猫は私の使い魔だ」
「使い魔…」
「初めまして、リタです」

突然、猫がそう言った。リリア達は目を丸くする。

「喋った!?」

それを聞いて、女は笑い出した。

「当たり前だろう! 使い魔が喋れなくてどうする!?」

当然のようにそう言うが、そんな魔女の常識がリリア達に分かるわけがなかった。リリア達は呆然としている。

「で、」

一頻り笑ったあと、女は言った。

「お前、名前は?」

女はリリアに向かって言う。

「リリア…ピックフォードです」
「リリア。お前は?」

女はリリアの隣の女にも訊ねる。

「カロン…カロン・ナディアです」
「カロンか…お前は」

女は更にその隣の女にも聞いた。

「イヴ・ハットンです」

女――イヴは言う。イヴの隣の女は、メロ・アステアといった。女に連れてこられたのはこの4人だ。


「あの…貴女は…?」

リリアが女にそう訊ねた。

「アタシか。アタシはハニアだ。ハニア・エレクトロン」
「ハニア…さん」

状況が理解しきれずに戸惑っているリリア達を見ながら、ハニアは笑った。

「アタシは魔女だ」

そしてそのままの表情ではっきりと言った。

「本物の」

更に念を押すように強く言う。リリア達は黙っていた。

「さっきのやり取りを見ただろう? アタシが何をしたか。と言ってもリリア、お前にはほとんど見えていなかっただろうが」
「……」
「アタシは男共がお前達につけようとしていた火を消して、お前達を連れてココまできた」
「ココ…は、ハニアさんの家、ですか…?」
「ああ」

言ってハニアは溜め息を吐く。

「全く、人間ってのは馬鹿な生き物だね。魔術も使えぬ者を魔女扱いか。所詮は自分より弱い立場の者を裁きたいだけの言い訳だろう。どうだ」

ハニアは改めて4人を見て言う。

「お前達、本物の魔女になる気はないか」










「ハニア様」

4人を見送ったあと、リタが言った。

「なんだい?」
「何故あのようなことを?」
「面白いじゃないか。リタ」

ハニアは楽しそうに笑う。

「あの子らは、魔術を一体何に使うだろうねぇ」






1.カロン・ナディア
カロン・ナディアは、リリアのように大人しい少女だった。家に戻ったカロンは、試しに部屋の色々な物を移動させてみた。勿論魔術で、だ。物はカロンの思い通りにスーッと動いてくれる。それを見てカロンは顔を綻ばせた。

「凄い! 本当に魔術が使えるわ私!」

なんだか楽しくなり、色々な物を浮かせて遊ぶ。そしてカロンは外へ出た。周りの視線が一気にカロンに集中する。

「カロン?」

呼ばれてカロンは振り返る。

「ダリン!」

そこにいたのは、カロンの恋人のダリンだった。ダリンは駆け寄り、すぐにカロンを抱き締める。

「よかったっ…! もう、もう戻ってこないかと…! 無事でよかった…!」
「ダリン…」
「俺がいない間にカロンが魔女狩りにあったと聞いて…助けに行こうとしたんだが、恋人は魔女を庇うからダメだとか言われて…けど処刑の前に本物の魔女が現れて、カロンを連れてったって聞いて…」
「ダリン…あの場には、いなかったの?」
「いられる訳ないだろ…! カロンが処刑される場所になんて…ごめんよカロン…」
「いいのよ。ありがとう、ダリン」

カロンは嬉しそうにダリンの背に腕を回し、抱き締め返す。そして手を離し、ダリンの胸を押した。

「…カロン?」

ダリンは眉をひそめてカロンを見る。カロンはダリンを見てはいなかった。

「…ダリン」
「何だよ、カロン」
「私を、愛してくれる?」
「何言ってんだよ。当たり前だろ」
「私が、魔女でも…?」

ダリンの表情が固まる。

「…え?」

カロンが顔を上げて、ダリンを見た。

「私、魔女になったの。本物の」
「魔女、に…?」

カロンは頷く。

「ダリンが聞いた通り、処刑されるときに魔女が現れて、私は連れていかれた。そしてその魔女に…魔術を教えてもらったの」

ダリンは目を見開いた。

「じゃあ、カロンは…魔術が使えるのか?」
「ええ」
「カロンが、魔女…」
「そう、魔女よ。だから…ダリンが魔女は嫌だと思うなら、私貴方の前から姿を消すわ」
「っ何、言ってんだよ…嫌な訳ないじゃないか! カロンが魔女だろうと何だろうと、俺はカロンを愛してるよ」
「ダリン…」
「結婚しよう」

カロンは幸せそうに笑う。

「はい」






「ルナ! 朝よ起きて」
「はぁい」

ルナがベッドから出ると、カロンはサッと布団を家の外の物干しに干す。

「ほら、顔を洗ってご飯たべちゃって」
「ママータオルがないわ」
「ああ、はい」

カロンは娘の方にタオルを飛ばす。ルナはタオルを受け取って顔を拭いた。台所ではスポンジが独りでに食器を洗っている。



「ルナの母ちゃん魔女なんだろ? 本物の」
「うん」
「いいよなー何でもやってくれんじゃん」
「そんなことないよ。ママ必要以上のことには魔術使わないもん。ちゃんと自分でやった方がいいって」
「ふぅん」

カロンは日常の中でちょっとしたことに魔術を使う程度で、それ以外は自分でやることを選んだ。彼女にとっては、魔術も便利な道具の1つだ。そうしてカロン・ナディアは幸せを得たのである。





2.イヴ・ハットン
家に戻ったイヴ・ハットンは、すぐに外へ出た。そして恋人の家へ走る。

「イザベル! イザベル私よ! イヴよ! 帰ったわ! 帰ってきたのよ!」

戸を叩いてイヴは叫ぶ。しかし返事はない。

「イザベル? いないの?」

そのとき後ろで物音がした。イヴは振り返る。落とした荷物を拾おうともせずに、イザベルの姉のルカが驚いた顔で立っていた。

「イヴ…?」
「ルカさん! お久しぶりです。イザベルは何処?」
「ぶ、無事、だったの…?」
「…ええ、本物の魔女に助けられて! で、イザベルは?」
「……」
「…ルカさん?」
「イザベル、イザベルは……もう…いないの…」
「…いない、って…どういうことですか」
「イヴが魔女狩りにあったって聞いて…イヴが処刑されるはずだった時間に……死んだのよ」

イヴは言葉を失った。頭の中が真っ白で何が起きているのかさえ分からない。

「“イヴと一緒に、俺もいく”って…」

イヴが黙っていると、ルカは涙目になりながら続けた。イヴはやはり頭が追いつかない。

「…っな、何、言ってるんですか、イザベルは、イザベルは何処です?」
「イヴ…」
「イザベルは!? イザベルは何処にいるの!?」

イヴはルカに掴みかかる。いたたまれなくなったルカはイヴを引き剥がし、黙って歩き出した。イヴはルカについていく。やがてルカは町外れの墓地に入り、ある墓の前で止まった。

「ルカさん、」

呼んだが、ルカは答えない。イヴはルカが見つめている墓に目をやった。そして目を見開く。

【イザベル・プレミンジャー ここに眠る】

「イザベルはここよ。どんな姿でも受け入れられるならどうぞ、掘り起こしなさい」

ルカは言った。イヴはその場に膝をつく。そして墓石に触れた。

「イザベル…?」

イヴが呟く。

「イザベル…?」

イザベルに触れるように、イヴはイザベルの墓石に触れた。

「イザベル…イザッ…っ…どうして…どうして…!! イザベル…!! どうして!!」

イヴは墓石を抱きしめながら、ボロボロと泣いた。そんなイヴを見ていたルカは、そのまま何も言わずにその場を離れた。
それから日が暮れるまで、イヴはそこで泣き続けた。やがて涙も枯れ果てたイヴは、イザベルの墓石にキスを落とし、立ち上がる。そして墓地をあとにした。






「む、なんだお前は? ここから先は許可なしでは通せぬぞ」

イヴは数日前まで自分がいた場所の前に立っていた。魔女の疑いをかけられた女達が囚われている牢の前である。門の前で立ち止まったイヴに、門番の男が言う。

「…うるせーよ」

イヴが呟く。男は眉をひそめた。

「ん? 何と言った?」

言いながら男はイヴに炎を近付けた。イヴの顔を見る為である。そしてそれが先日、処刑に失敗し魔女に連れていかれた女の1人だと気付いた。

「! おっお前は…!」



 
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