小説3

□肆
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「おーい! 誰かいないかー!」

2人は顔を見合わせた。





声がした。いるかも分からぬ誰かを捜す声。

「救助…?」

男が呟く。
恐らく、行方不明者を捜索しにきたのだろう。今頃ニュースや新聞で報道されているはずだ。白菊は入口をチラッと見た。

「…よかったじゃない」
「え?」
「足ももうある程度回復したでしょうし、救助の力があればちゃんと帰れるわ?」
「……」
「帰るでしょう?」
「……うん」
「出口まで行けばきっと見つけてもらえるわ。あそこまでは歩けるわね?」
「…うん」
「…何?」
「…いや、何でもない」

男は地面に手をつき、ゆっくりと立ち上がった。白菊も立ち上がる。

「お世話になりました」

男は頭を下げた。その表情は浮かない。男が横を通り過ぎると、白菊は振り返った。
重い足取りで歩く男の背に、白菊はチクリと胸が痛むのを感じた。

「…?」

胸に手をあて、首を傾げる。
男は出口まで行くと、立ち止まって振り返った。

「ねぇ」

白菊は顔を上げる。

「何よ?」
「また…来てもいい?」
「…は?」

白菊は耳を疑った。この男は死にたいのだろうか、と思う。

「君に、会いに」
「……断るわ」

白菊は眉をひそめて言った。

「え?」
「今回のことで懲りていないの? それとも死にたいのかしら?」

白菊は氷のような冷たさで言い放つ。男は眉を下げた。

「……でも…」
「来なくていいわ。いいえ、寧ろ来ないで。この辺りで勝手に死なれたら迷惑だと言ったでしょう? …私が会いに行くわ」
「…えっ?」

男は驚いた表情で顔を上げた。

「どの辺りに住んでいるのか教えて頂戴。私から貴方に会いに行くわ。それなら問題ないでしょう?」
「でも…大丈夫なの…?」
「何がよ?」
「その、気温…」
「大丈夫よ。あまり自ら行こうとは思わないけれど、雪のないところへも行けなくはないわ。ずっと居られる訳でもないけれど」
「そうなんだ…」
「だから行くわ、私が」
「…うん」





「君は…内田隆茂くん、かな?」
「…はい」

白菊の住処までやって来た捜索隊の男に尋ねられ、男――内田隆茂は答える。しかし男はキョロキョロと辺りを見回して言った。

「君、1人?」
「…はい?」
「他には誰もいないのか?」

隆茂は振り返る。そこに白菊の姿はなかった。
ふいに、今までのことが全て夢だったかのような気さえした。

「ええ…どうかしたんですか?」
「いや…女の子を見た気がしたからこちらに来たんだが…見間違いだったか?」
「……」

きっと白菊のことだ。隆茂が草履を作っている間、外で待っていた白菊の姿。
夢ではなかったと知って、少しばかり安堵する。

「まあ、とりあえず山を下りよう。1人で歩けるか?」
「ああ、はい…」

白菊がずっと火を焚いていてくれたお陰か、足はすっかり回復していた。隆茂はもう一度だけ白菊の住処を振り返ると、男について歩き出した。




2人が見えなくなると、白菊は姿を現した。雪妖族は雪に姿を変えられる。
隆茂がいなくなったあとには、燃え尽きようとする焚き火といくつもの木の棒、そして藁草履だけが残った。
静かになった自分の住処を見渡して、白菊は何故だか寒いと感じた。



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