小説3

□参
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それから3日間、白菊は男の不審な行動が気になった。
白菊が食料を探しに行って帰ってくると、何かコソコソと作業をしている。そして白菊に気付くと慌てて隠すのだ。「何をしているの?」と訊いても、「何でもないよ」と言うだけだった。白菊は特に気にしていなかったが、自分の住処で何か隠し事をされているというのも多少不快だった。





そしてその日も、住処に戻ってきた途端に何かを隠された。

「何?」

白菊は不機嫌そうに尋ねた。

「な、んでも、ないよ」
「何でもなくないわ? 何か隠したでしょう?」
「な、何も…」
「嘘を吐かないで。私がいつまでも知らぬふりをしているとでも思ったの?」
「……」

男は黙った。辛い沈黙だ。

「…もう少しなんだ」

やがて男はそう呟いた。

「何?」
「ホントにもう少しなんだ。だから、あと少し、そのあたりを散歩してきてくれない?」
「…どういうこと?」
「聞かないで…今は」

男は目を伏せる。家主を追い出すことに罪悪感がある。そんな表情に見えた。

「…分かったわ。何分出ていればいいの?」

白菊は溜め息を吐いた。男が顔を上げる。

「15分、いや10分でいい!」
「10分ね。分かったわ」
「ありがとうっ!」

男の嬉しそうな声を背に、白菊は外へ出た。
はらはらと粉雪が舞っている。これから少し肌寒い季節がやってくる。これは白菊の感覚だ。人間の感覚で言えば既に凍死しそうな程寒い。
白菊は少し歩いて、自分の住処を振り返る。男が何かしているのが見えた。何をしているかまでは分からない。
屈んで、雪を掬った。丸く固めて雪の上に置く。小さな雪の玉をいくつも作った。そして20個程作った頃、「いいよー」という男の声が聞こえた。白菊は最後に作った1個を手に持ったまま立ち上がり、住処へ戻った。
男はニコニコしながら座っている。白菊は眉をひそめながら住処へ足を踏み入れた。

「何?」
「いいからっ、こっち来て」
「…寒いわよ?」
「大丈夫だからっ」

男に嬉しそうに手招きされ、白菊はゆっくりと近付く。
1メートル程離れたところまでくると、その場に屈んだ。

「もっとこっち来てよ」
「これ以上近寄ったら本当に寒いわよ?」
「大丈夫だって!」
「何を根拠に」
「…根拠なんてないよ。ただ、もっと近付きたいだけ」

男は笑う。白菊は再び頬をうっすらと染めた。目を泳がせながらおずおずと男に近付く。白菊が近くに来ると、男は肩を震わせた。

「寒っ」
「だから言ったでしょう?」
「う……でも、嬉しい」

男がはにかみ、白菊の頬が更に染まった。

「ああっ此処暑い! 早く隠してたものを見せなさい!」
「ああ、うん」

男は嬉しそうに藁の中から1足の草履を取り出した。

「はい」
「…これ…」
「前に祖父ちゃんに教えてもらったんだ。手が悴んでて、時間かかっちゃったけど…ほら、いつも裸足じゃん。冷たくはないかもしれないけど、雪の中にゴミが埋まってたりするだろうし…怪我したら危ないから」
「…なんで」
「どうしてもお礼がしたかったんだ。この足じゃ、こんなことくらいしかできないから…余計なお世話だと思うなら、別に使ってくれなくてもいいからさっとりあえず、受け取ってくれる…?」

男は白菊に草履を差し出した。

「……ありがとう」

白菊は草履を受け取った。
そのとき微かに男の指に触れ、男があまりの冷たさに顔を歪めたのを白菊は見た。

「冷たっ…」
「ごめん…!」
「あ、いや…大丈夫、驚いただけ。ホントに…冷たいんだね」
「…そうよ? 今は指先だけだったからよかったけれど、もっと広い面積で触れたりしたら、あっと言う間もなく貴方凍るわ」
「……なら、抱き締められないの?」

男は悲しそうな表情で言った。

「…え?」

白菊は、男の言った事の意味が理解できなかった。
抱き締める?
何を言ってるんだこの人は。
白菊が眉をひそめていると男は、ようやく自分の言った事の意味を理解したように慌てだした。

「あ、いや、何でもない。何言ってんだろ僕。ごめん!」
「…まあ、いいけれど…抱き締めようものなら確実に凍死するわよ」
「…そうだよね」
「おーい! 誰かいないかー!」

2人は顔を見合わせた。
声がした。いるかも分からぬ誰かを捜す声。

「救助…?」

男が呟いた。



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