小説2
□Z
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「好きです! 私と付き合ってください!」
FaKe.−フェイク−Z
「あー…考えて、いい?」
−だから好きな人−
何故こんな事になったのか分からない。こんなの、小説やドラマでしか見たことがない。――まさか、自分が、こんな。
「幸彦…?」
栞野勁太は目の前の親友に呼びかけた。いや、目の前の“自分”に呼びかけた。
自分がゆっくりと起き上がってこちらを見る。
「…勁、太…?」
どう考えても妥当なリアクションだろう。何せ目の前に自分がいるのだ。
「え、俺、え? けっ勁太…だよな? え?」
どうやら、身体が入れ替ってしまったらしいのだ。原因も何も分からない。ただ普通に部室へ向かっていて、ただ普通に喋っていた。そのとき横を誰かが猛スピードで――相当急いでいたのだろう――駆けていき、勁太にぶつかった。勁太はその衝撃でよろめいて、隣にいた親友・眉田幸彦にぶつかった。2人はそのまま横に倒れ、幸彦は壁に、勁太は幸彦に頭をぶつけた。そしてその結果がこれだ。もう訳が分からない。
「とりあえず、頭大丈夫か…?」
「いや、俺もう終わってるかもしんねぇ。お前が俺に見えるんだ」
「そっちじゃねぇよ。俺にもお前が俺に見えてるから安心しろ」
幸彦は突然走り出す。
「あ、おい!」
勁太もあとを追った。
幸彦はトイレに駆け込み、鏡をまじまじと見た。
「勁太だ…」
「ああ…」
勁太も鏡を見る。確かに幸彦だった。
「なあ、これ…入れ替わった…のか?」
「…みたいだな」
「どうすんだ、これから」
「俺に訊くなよ」
自分だってなんでこんなことになったのか、どうすれば戻れるのか分からないのだ。ただ勁太はこうなったことで、何処か安心している節があった。彼はつい先日、同じクラスの禎家梅雨に告白され、『考えていい?』などと曖昧な返事をしたばかりなのだ。嫌いではなかったが、正直恋自体したことがない勁太には、自分が梅雨のことを好きなのかよく分からなかった。だからこうなったことで、返事から逃げられたような気がしていたのだ。勁太は隣にいる自分を見る。
「幸彦」
「あ? なんだよ」
「これから元に戻るまで、お前俺のフリしろよ」
「分かってるよ。お前も俺のフリしろよ」
「ああ、ホントどうなってんだろうな…」
そこから2人の入れ替わり生活が始まった。
「栞野くん!」
翌朝、2人で歩いているとそんな声がした。勁太はその声にビクッと反応する。2人は同時に振り返った。
「禎家…」
勁太は呟く。梅雨は真っ直ぐ幸彦を向いて、
「おはよう!」
と言った。
「あ、お、おはよう…」
幸彦は訳が分からないままに挨拶を返す。
(そうだ…俺今幸彦なんだった…)
勁太はホッと一息吐いた。
梅雨はそれだけ言って去っていく。
「おい」
幸彦が低い声で言い、勁太は再びビクッとすることとなった。
「…はい」
「今の…なんだ?」
「さっ、さぁ…」
「お前禎家とそんな親しかったっけ?」
「い、いや…まあ、それなりに?」
「…まさか、付き合ってるとか言わねえよな?」
「違ぇよ!!」
「…ふぅん」
幸彦はそれだけ言うと黙った。疑われている気がする。しかしここで告白されたなどと言っていいものか。そこからは2人無言で歩いていた。
「栞野くん」
休み時間、またも梅雨が幸彦に話しかけているのが見えた。
「え、ああ。何?」
幸彦もそれなりの返事をしている。
「ここ分かんなかったんだけど、教えてくれない?」
「えーっここ俺も分かんなかったんだけど」
「あ、そう…?」
「幸彦なら分かると思うよ」
そう幸彦が勁太に振る。
「眉田くんが…?」
梅雨は不思議そうに勁太を見た。勁太に分からないことが幸彦に分かるのか、と言いたげな目だった。事実勁太の成績は常に上位で、幸彦の成績は常に下位なのである。梅雨は疑いながらも勁太に近付いてくる。
「眉田くん…ここ、分かる?」
「何処? …ああ、ここは図形描くと分かるよ」
勁太は図形を描いて解説を始めた。勁太の説明は分かりやすく、梅雨は顔を綻ばせた。
「分かった! ありがとう!」
「いや、いいよ」
「また分からないことあったら教えてね!」
梅雨は嬉しそうに去っていく。勁太はその背中を眺めていた。
帰り道。
勁太と幸彦が歩いていると、梅雨が自転車で追い越していった。
「バイバイ眉田くん!」
と勁太に手を振りながら。
「え、あ、ああ…」
疑問に思いながらも、手を振り返す。そして幸彦の方を向いて、
「幸彦も禎家と仲良かったのか?」
と訊いた。幸彦から返ってきたのは、
「ほとんど話したことねぇよ」
だった。
それから梅雨は頻繁に勁太に話しかけてくるようになった。幸彦に話しかけている様子はない。勁太が告白の返事をしてこないので、幸彦に乗り替えてしまったのだろうか。それとも、告白したらそれで満足して冷めてしまうようなタイプなのか。
その日も放課後2人で勉強会をしていた。というより勁太が梅雨に勉強を教えているのだ。勁太の説明は本当に分かりやすいので、梅雨はとても助かっていた。そして日も傾き、そろそろ帰ろうかという頃。
「ねぇ、」
梅雨が言った。
「告白の返事は…してくれないの?」
勁太は目を見開いた。あまりの衝撃に、上手く頭が回らない。
「え…?」
告白?
誰が、誰に?
そんなの決まっている。
今禎家梅雨の目の前にいるのは、誰だ?
「…ああ、そうか」
勁太はぽつりと呟いた。
「え? かん」
勁太はバンッと机を叩く。梅雨はビクッとして言葉を止めた。
「…最低だな、お前」
それ以上は何も言うつもりはなかった。何も言わずに、ただ梅雨を睨みつけた。
梅雨の顔から表情が消える。
「…そっか」
それだけ呟いて、梅雨は教室から出て行った。
翌朝、目を赤く腫らした梅雨にクラスの女子達が心配そうに声をかけていた。梅雨は笑っていたが、無理しているのが分かった。
「栞野くん」
昼休み。
幸彦は梅雨の1番の親友である亀岡雲雀に声をかけられた。
「何だよ」
「ちょっと来て」
そのまま幸彦は雲雀に連れられて教室を出て行った。そして数分後、戻ってきた幸彦が勁太に近付いてきた。
「おい」
机をバンッと叩いて言う。
「ちょっと来い。話がある」
人気のないところまで来て、幸彦は振り返った。
「お前、禎家に告られたのか」
「…亀岡が言ったのか」
「質問に答えろ。告られたのか、告られてないのか」
「…告、られた」
勁太は言い辛そうに答えた。
「返事は」
「は?」
「昨日、返事したんだろ? 禎家があんなに目ェ腫らして泣くほどひでぇ断り方したんじゃねぇのかよ」
「…そうかもな。お前の代わりに禎家をフッてやったことになんだろうな」
「俺の代わり? どういうことだ?」
幸彦が眉をひそめる。勁太は溜め息を吐いた。
「お前も告られたんじゃねぇのかよ、禎家に」
幸彦は更に眉をひそめた。
「はあ? んなわけねぇだろ。何言ってんだお前」
勁太は言葉を失った。頭が回らない。どういうことなのか分からない。
「……っは?」
勁太はやっとの思いでそれだけ言った。幸彦は眉をひそめたままだ。
「同時に2人に告るような質の悪い女に見えるか? 俺はあんま話したことねぇけどいい奴じゃん、アイツ」
「……っなら、なんで、俺に返事、訊いて…」
「分かってんじゃねぇの? お前と俺が入れ替わってること。お前のこと好きなら有り得るだろ」
幸彦は言った。むしろそれしか考えられない、と。瞬間、勁太は走り出した。
「っ勁太!」
呼んだが追わない。2人が上手くいけばいいと思いながら、幸彦はその背中を見送った。
教室に戻った勁太は、真っ先に梅雨の席へ向かった。雲雀と2人で弁当を食べている。
「禎家」
そして床に膝をついて頭を下げた。土下座である。周りからざわめきの声があがった。
「えっ…」
梅雨が困惑しているのが聞こえた。
「ごめん」
頭を下げたまま勁太は言った。
「な、に」
「昨日俺、勝手に勘違いして、お前に酷いこと言って…」
「勘違い…?」
勁太は頷いた。
「お前が俺に返事訊いてくるから…俺、お前が俺にも幸彦にも告ったのかと思って…」
周りには何がなんだかさっぱり分からなかった。幸彦が梅雨に頭を下げて、「俺にも幸彦にも」などと言っているのだ。幸彦はお前だろ、と言いたげな目だった。勿論梅雨は事情が分かっているので、そんなことは思わない。
「え…! ち、違うよ、私!」
「ああ、もう分かった。お前は分かってくれたんだよな。ありがとう」
勁太は顔を上げて微笑んだ。
「栞野くん…」
「へ!? 栞野!?」
雲雀が叫ぶ。周りは再びざわめき始めた。
「禎家。俺はまだ自分がお前のこと好きなのか分からない。けど、お前が幸彦に乗り替えたのかと思ったとき、取られるのが…嫌だった」
「…それ、好きだろ」
後ろから声がした。振り返ると、幸彦が見下ろしている。
「幸彦…」
「それは好きだね」
雲雀が言った。
「雲雀、」
「好きだな」
「好きだろ」
「好きでしょ」
周りから次々に声があがり、教室内は“好き”コール一色になった。物凄く恥ずかしい。体温がどんどん上がっていくのが分かった。
「っだあぁっっもうっ…好きだよ!!」
勁太は観念したように叫んだ。周りからは拍手と歓声が上がる。
「でも、いいのか…?」
歓声の中、勁太は梅雨に言う。この言葉は梅雨にしか聞こえなかった。
「え? 何が?」
「俺、その…見た目幸彦だぞ?」
「…いいよ。私が好きなのは、栞野くんの中身だから」
「…禎家」
「でも、元に戻れないのかな? 戻れなかったら、栞野くんのこと眉田くんって呼んだ方がいいのかな?」
「あ…そこまで考えてなかった…」
「まあでも、私にとっては栞野くんだから」
梅雨は笑った。
彼女は見た目がどうなろうと、ずっと“栞野勁太”を好きでいてくれるのだろう。
だから禎家梅雨は勁太の好きな人なのだ。
FaKe.Z end.