小説2

□-76
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「カシワギ、どうだ調子は」
「…別に。なんでだ?」
「お前この季節になると毎年調子悪くなるだろ」
「……そうかもな…」


-76個目の季節〜幸せ


“中学校を卒業したら是非ウチに”

幾つもの大学から勧誘を受けていた。自身高校に行っても何も意味がないと思っていたので、大学側からそう言ってもらえるのなら有り難かった。早く卒業して大学に行きたい。柏木洋一は入学式の日からそう思っていた。

「ねぇ、あの子格好良くない?」
「ホントだ! あれ? でもあの子どっかで見たこと…あ、あれだよ、天才少年ってテレビでやってた…」
「あー! なんとか洋一って子!? 嘘っ、同じ学校!? ヤバくない?」

女子の騒ぐ声が聞こえてくる。耳障りでしかなかった。洋一はその場を離れる。

「…早く卒業したい」

人気のないところに着いて、1人で呟く。すると何処からか笑い声が聞こえてきた。

「ふふふ、まだ入学したばっかりでしょ?」

洋一がきょろきょろと辺りを見回していると、また笑い声が聞こえた。

「ふふふ、上よ、上」

洋一は上を見る。その声の主は木の上に座っていた。

「何してんだ、そんなとこで」
「ただの暇潰し」
「向こう行って友達でも作ってればいいじゃないか」
「ああいう五月蝿い人達は苦手なの」
「…俺もだ」

彼女は木から飛び降り、洋一の前に立った。

「貴方とは気が合いそう。名前は?」
「…柏木洋一」
「柏木、くん? よろしくね。私は柊木香月」

それが洋一と、柊木香月の出逢いだった。





「柏木ーここ分かんねぇんだけどさー」
「柏木くんこれ教えてー」

授業が終わる度、洋一の周りには人だかりができた。全員が、授業で分からなかったところを質問する為だ。小学校のときも同じような時期があった。だが、洋一が『こんなことも分からないのか』というような小馬鹿にした態度を取っていたので、次第に人も減っていき、高学年の2年間はずっと孤立していた。ここでも恐らくそうなるだろう。理解した生徒達が礼を言って去っていくと、洋一は溜め息を吐いた。

「お疲れ様。いつも大変ね」
「…お前、いつからそこにいた」
「5分くらい前から」

洋一は振り返って、自分の椅子の背に座っている香月に話しかけた。後ろ向きなので顔は見えない。

「…お前も何か聞きたいことでもあるのか」
「いーえ、私はあれで理解できたから」
「なら何の用だ」
「別に? いつも大変な柏木くんに労いの言葉をかけにきただけ」
「要らないからどっか行ってくれないか」
「またまたー肩揉んであげるよ?」
「要らない」
「そんなんで疲れない?」
「疲れない」
「溜め息吐いてたクセに」
「疲れないって言ってるだろ。ほっといてくれないか」

そう言い放つと、香月は何も言わずに椅子から下りた。洋一は再び溜め息を吐く。すると正面に女子の制服のスカートが見えた。洋一は顔を上げる。突然、両頬を引っ張られた。

「うっ」

洋一は呻き声を上げる。構わず香月は洋一の頬を引っ張り続けた。そして突然放す。

「っなんだよ!」
「強がり」

香月は呟いた。

「は?」
「そんなんじゃ孤立するよ?」
「…別に構わない。低能な奴らとは馴れ合いたくもないし」
「年は同じでしょ?」
「年は同じだが頭が違う」
「一緒だよ」
「一緒じゃない」
「一緒だよ」
「一緒にするな!」

洋一は机を叩いて立ち上がった。教室内が静まり返り、視線が洋一に集まる。

「…そういう態度だといつか絶対後悔するよ」

香月は呟いて教室を出ていった。





洋一が孤立するまでに、時間はそうかからなかった。クラスメイト達はすぐに洋一が自分達を見下していると気付き、近寄らなくなっていった。

「暇そうねぇ」
「…柊木、いつからそこにいた」

洋一は振り返って香月に話しかける。

「今来たとこよ」
「来るな。帰れ」
「嫌よ」
「じゃあせめてそこから下りろ」
「はーいはい」

香月は仕方なさそうに洋一の椅子の背から下りる。

「なんでお前はいつもそこに座るんだ」
「私高いところが好きなの」
「ならもっと高いところに行けよ。屋上とか」
「何、私に死ねって言ってんの?」
「別にそんなことは言ってない」
「そう、よかった」

香月は洋一の前に回り、机に手をついて屈んだ。

「洋一くんに、死んで欲しいくらい嫌われたかと思った」
「…洋一、くん?」

洋一が呟く。今まで名前で呼ばれるようなことはなかった。

「洋一くんって呼んじゃダメだった?」
「いや…どうでもいい」
「どうでもいいって何それ…ま、いいや」

「呼んでいいんでしょ?」と香月は笑った。優しく接している訳でもないのに、毎日毎日香月は洋一に話しかけてきて、楽しそうに笑っていた。一体何を考えているのか分からない。不思議な女だ。洋一が他人に興味を持つのは初めてだった。
それから1ヶ月後。会話の途中、当たり前のような流れで香月は「洋一くんのこと好きよ」と言った。ずっと女子と関わってこなかった為恋愛感情が分からない洋一は、自分が香月のことを好きなのかは分からなかったが、ただ香月が近くにいないということが考えられなかったので「付き合ってみない?」との問いに「分かった」とだけ答えた。それから香月は、洋一にとって唯一の大切な存在になっていった。





「洋一は何処の高校に行くの?」

杏の花が開く頃の帰り道、香月は尋ねた。

「高校には行かない。中学卒業したらすぐ来てくれって大学から勧誘されてるんだ」
「ああ、だから早く卒業したいって言ってたのね」
「それは昔の話だ」
「そうなの?」

香月は洋一を見る。洋一は前を向いたまま呟いた。

「…卒業したら、香月と一緒にいられないだろ」

小さい声だったが、香月にもしっかりと聞こえていた。

「なら一緒に高校行こうよ」
「は?」
「だって私が大学に行くのは無理だもん」
「だからってなんで」
「3年間一緒にいられるわ。私も理工系がいいなあと思ってるの」
「将来何になるつもりだ?」
「さあ」
「さあって…」
「何でもいいわ。私の夢は、洋一と一緒に長生きすることだから」

香月が笑う。「考えといて」と香月は言って、自分の家に入っていった。この辺りでは比較的大きな家だ。彼女の父親は理工系大学で教授をしていて、理工系の天才児である洋一との交際を喜んでいた。「君が香月の結婚相手ならば何も問題はない」とまで言ってくれていた。
その夜、洋一が理工系の高校を調べてみたことは言うまでもない。大学にはいつでも行ける。香月と一緒にいられるのなら、高校に行くのも悪くないと思った。
しかし洋一がそう思ったのは、その一晩だけだった。
翌朝、香月の家の通りにはパトカーと消防車が停まっていた。人だかりを掻き分けて家の前まで行くと、彼女の家は炎に包まれていた。中に入ろうとすると沢山の人に引き留められた。何度も何度も名前を呼んだ。
最愛の恋人の遺体は、とても見れたものではなかった。



中学卒業後、洋一は大学に進学し、早速研究を始めた。特例も特例で入った洋一の言う事は、大抵の教授が聞いてくれた。そして大学2年になった頃、研究をしているゼミで広瀬秀基と遠峰麻実に出会った。2人は洋一と出会ったときには既に恋人同士だった。

「柏木くんはなんでこんな研究してるの?」
「…馬鹿げてるって言いたいのか」
「そうじゃないよ。その、研究に対する熱意っていうか、執念? ウチらとは全然違うからさ」
「当たり前だ」

“私の夢は、洋一と一緒に長生きすることだから”

香月の最期の言葉だけを糧に、洋一は研究をしていた。叶わなかった香月の夢の為に。
大学3年のときには【gods】のプロトタイプを完成させ、マウスでの実験に成功した。そして大学4年の初夏、1年先に卒業していた秀基と麻実が結婚するという話を聞いた。できちゃった結婚らしい。洋一は2人に会い、実験の協力を依頼した。最初は反対していた2人も、この実験に執着する洋一の気迫に圧されて承諾した。そして1年後の春、洋一が大嫌いなこの季節に、広瀬秀子は産まれた。卒業と共に、大学の援助を受けて研究所を設立し、実験は本格的に開始された。





 
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