小説2

□X
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「オーッホッホッホ! さあ、跪きなさい愚民共!」


FaKe.−フェイ−X


「すっごいあざみ…本格的…」
「ホントに女王みたい…」





野茨あざみ、17歳。
極普通の女子高生。

「さあ、いよいよ本番まであと3日! 気合い入れていくよっ!!」
「はーい!」

演劇部の新部長。

「この私に逆らおうとは、なんと愚かな!」

そして悪の女王役。

「おつかれーあざみ」
「あ、おつかれー」
「あざみ別に悪いコじゃないのに…悪役にハマるから不思議だよね」
「何? 何か言った?」
「いや、何も」
「よっいばらっ!」
「石黒テメーその呼び方やめろって言ってんだろ!? いばらが名前みたいじゃん!!」
「いばらもあざみもトゲトゲしてんだから同じだろ? お前もトゲトゲしてるし」
「あぁ? ケンカ売ってんのかコラ」

そして性格も名前通り。
だが忘れてはならないのは、彼女が演劇部の部長だという事。
その程度の性格は演技でどうにでもなるのが、野茨あざみだった。





《進路指導室》

「うーっ」

ある日の放課後。
閉ざされた扉の前で、あざみはうなっていた。
その手は明らかにノックをしようとしているのだが、ノックの手前で止まったままだ。
そして他の誰かが進路指導室の前にくるとサッと避ける。

「2年A組の松本です。宮本先生に用があってきました」
「1年D組の中川です。甲藤先生いらっしゃいますか」
「失礼しまーす」

他の人は何のためらいもなく進路指導室に入っていく。
そんな中、あざみは1人扉の前でうなっていた。

「野茨? 何してんの」

聞き覚えのある声がして、あざみは横を向く。

「…貞包」

クラスメイトの貞包允だった。

「何、進指室に用があんの?」
「…なかったらココいないし」
「じゃあ何で入らねぇの?」
「…もう、アンタには関係ないでしょ! あっち行ってよ!」

あざみは小声で叫ぶ。大声を出すと中にいる先生に怒られるからだ。

「はいはい」

そう言って允は大人しくその場を去っていった。



10分後。允が再び進路指導室の前に行くと、まだあざみは扉の前でうなっていた。隣には親友の鍋倉仁美がいる。

「まだ入ってねぇの?」

允が声をかけると、あざみは允をキッと睨み、低い声で

「…何故戻ってきた」

と言った。

「え…? いや様子見に…」
「即刻立ち去れェェ!!」
「あざみ落ち着いて!」

允に向かっていこうとしたあざみを、仁美が抑えた。

「な、なんだよ…」
「あざみ、怖いんだって」

仁美がそう言うと、あざみはバッと仁美を見た。

「は…怖い?」
「鍋倉!! 何故言った!!」

あざみは仁美に掴みかかる。

「あれほど口外するなと言ったであろう!」
「あざみさっきからキャラ違う」
「何…? 怖いって」

あざみがピタリと止まり、続いて再び允を睨んだ。
沈黙が訪れる。
少しの間静止したあと、あざみは仁美を掴んでいた手を離し、扉をノックしようとした。

「…っう〜」

しかし手はまたも扉を叩く前で止まった。
その間に仁美は允の横に移動する。

「え? 進指室に入るのが怖い?」

あざみが見ると、仁美が允に耳打ちしていた。

「なんか職員室系統全部ダメらしい」
「っ鍋倉!!」
「…なんか、意外」

允はあざみを見て軽く笑った。

「だっていっつもトゲトゲしてるやつが職員室怖いって…」
「だから普段はこう、トゲで覆われてる感じ?」
「ああ、じゃあ今はトゲが全部抜け落ちてる感じ?」
「そうそう」

扉と格闘するあざみの横で、2人は笑いを堪えながら言いたい放題だ。

――…よりによってコイツ(ただのクラスメイト)に知られるなんて〜〜っ!!

「…なんか、可愛い」

允がそう言ったのが聞こえたが、ちょっと鳥肌が立ったので無視した。そしてまた少しの間うなっていると、

「あ〜だり〜ノックしちまえばもうあとには退けないだろ」

と允が近付いてきて、進路指導室の扉を叩いた。

「あっ何をする!」
「そのキャラはやめて、いいから行け。もう叩いたんだからしょうがないだろ」
「う〜っ」

あざみはうなりながらも、ようやく進路指導室の扉を開けた。

「に、2年C組の野茨です…大坪先生に用があってきました入ってもよろしいでしょうか」
「おー野茨遅かったな。入って入って」

大坪はにこやかにあざみに手招きした。

「失礼します」

そう言ってあざみは進路指導室に入っていった。

「…よろしいでしょうかってちょっと丁寧すぎじゃね?」

進路指導室の外で、允は仁美に言う。

「うーん」
「失礼しました」

するともうあざみが出てきた。

「早っ」
「もう終わったの?」
「うん」
「何だったんだよ用って」

允が言うと、あざみは手に持っていた封筒を見せた。

「気になってる大学のパンフレット、大坪先生に資料請求頼んでて」

その言葉に、允と仁美は拍子抜けする。

「そんだけ!? そんだけの為にお前ここでずっとうなってたの!?」
「なによ! 悪い!?」
「たったそれだけの用に、一体何分かけたのさ…」
「んー…ご、50分…?」
「はあ? 馬鹿かお前」
「うっさい!」

あざみは封筒で允を思い切り叩いた。

「あっ、願書入ってんだった。あ、でも今年のだから関係ないか」

1人で呟いて、再び允を叩く。

「っおい!」
「なによ! 愚民の分際で! 身の程をわきまえなさい!」
「…あざみそれ、劇の台詞…?」
「お前ホント、いばらだな!」
「だからいばらって呼ぶなって言ってんでしょ!?」
「だっていばらもあざみもトゲトゲしてるし、同じだろ!」
「全然違うよ! ったく、なんでアンタが石黒と同じこと言うワケ!?」

あざみがそう言うと、允は止まった。

「…晋平も同じこと言ったん?」
「そうだよ。アンタと全くおんなじこと」
「あ、そう」

そう言って允は、振り返って歩き出した。

「何アレ。行こ、鍋倉」
「? うん…」

仁美は一度だけ允を振り返って、あざみについていった。






「何? 金が足りない? そんなもの、愚民共から搾り取ればよかろう?」
「では、新たな税を科すのですか」
「無論だ。ただちに増税令を布きなさい!」
「はっ!」
「はいカットぉ!」
「ね、どうだった? 紀葉」

芝居が中断されると、あざみはステージを降りて中武紀葉に近寄った。

「うーん、もうちょっと悪者っぽさがあってもいいと思う…」
「オーケー、分かった!」

それを聞くとあざみは去っていった。

「ちょっと中武、あんま野茨怖くすんなよ! 一番近くで見んの俺なんだぞ!?」

女王の家臣役である晋平が紀葉に抗議する。

「いいじゃん。悪の女王なんだからそれくらいないと! アンタは我慢してよ!」
「そんな人事だと思って!」
「人事だもーん。てか家臣役の石黒が怖がるならあざみの女王バッチリってことじゃん?」
「あのなぁー」
「何? 何かアタシに不満があるのかい? 晋・平・君?」

突然後ろから首をがっちりと掴まれ、晋平の背筋が凍った。掴んだのは勿論あざみだ。

「あ、あざみ様…」
「ん? 何か言ったかな?」
「い、いえ…」
「本当かい?」
「は、はい…」
「ふーん」

それを聞くと、あざみは晋平の首から手を離し、その場を去った。


「よー、いばら姫」
「!」

あざみが晋平の側を離れると、允が声をかけてきた。

「あ、じゃなくてー、ヘタレ姫?」
「…貞包! 何故ここに! つーかシバくぞテメェ」
「えー? なんでですかあ?」
「マジコロス!」

あざみは允に襲いかかる。

「っ落ち着けって! ったく、昨日のお前は何処行ったんだよ!」

允がそう言うと、あざみは静止した。

「は? 昨日のって何?」
「え? 何、都合の悪いことは忘れる人ですか? それとも二重人格?」

允が呆れ気味に言う。

「あぁん?」
「お前、そーやってトゲトゲしてるから可愛くねーんだよ。そんなんじゃ晋平は振り向かねぇぞ」
「な、あたしがいつ石黒が好きだなんて言った!?」
「言われなくても見れば分かるだろ! 気付かれてないとでも思ってたのか?」
「おーいあざみーそろそろ休憩終わりじゃない?」

紀葉が言うのが聞こえた。相変わらず隣には晋平がいる。

「あ、ホントだ! 休憩終わりー! 練習再開するよー」
「しっかりしろよ部長ー」

晋平は笑いながらあざみに言った。休憩の間、晋平はずっと紀葉にあざみの文句を言っていたのだろうか。


『そーやってトゲトゲしてるから可愛くねーんだよ』
『そんなんじゃ晋平は振り向かねぇぞ』


「……」
「…野茨?」
「ご、ごめん、ね?」
「!?」

晋平は顔を引きつらせた。折角素直になったというのにひどい。あざみは晋平を一発殴り、紀葉のもとへ向かった。

「あーあ…ダメだ、ありゃ」

体育館の壁際で、允が呟く。

「よし、じゃあ次のシーン! 国民の1人が女王に文句言いに行くとこね」
「はーい」






その日の部活終了後。

「うーっ暗いー」

薄暗い学校の廊下を、あざみは教室に向かって走っていた。
いつもなら部活が終わったあとは体育館からそのまま帰るのだが、今日は宿題のプリントを教室に置き忘れていたのだ。

「やだなあーでも宿題忘れたらぐんじぃ怖いし…」

ぐんじぃとは郡司という定年近い数学教師のことだ。
教室へ着いたあざみは、電気をつけて教室へ入り、自分の机の中を漁る。

「あれ…? ない…」

机の中には、学校に置きっぱなしにしている教科書しかなかった。どの教科書にもプリントは挟まっていない。

「嘘…何故…?」
「野茨?」
「ひっ」

突然名前を呼ばれて、あざみは小さく悲鳴をあげた。廊下を見ると、允が立っている。

「なんだまたお前かよ」

あざみはため息を吐いた。

「おい、またってなんだ、またって」
「なんでアンタ最近出現率高いわけ? ストーカー?」
「なワケねぇだろ! 偶然だ偶然!」

允はそう言うが、あざみは疑いの目で見ていた。



 
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