小説2

□V
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『俺と付き合わない?』

即答だった。


FaKe.−フェイ−V


『喜んで!!』





とある高校の正門前。

「隼人くん!」

名前を呼ばれて、河野隼人は振り返った。

「佐東」

向こうから、佐東千穂里が走ってくる。

「ごめんね、待った?」
「いや、俺も今来たトコ」

千穂里の質問に、ありがちな返事で答える。

「よかったあ。じゃあ帰ろっか」
「うん」

2人は帰路を歩き出した。


これまでのやり取りでお察しの通り、隼人と千穂里は付き合っている。
告白したのは隼人の方。
メールだった。
しかし、隼人は千穂里に隠している事がある。

「千穂里ー!」
「あっ、姫依!」

千穂里がそう言ったのを聞いて、隼人は振り返る。
千穂里の親友の黒田姫依、そして隼人の親友の木村嘉仁がいた。
2人は付き合っているのだ。

「丁度いいじゃん♪ 一緒に帰ろー」

姫依は千穂里に抱きついた。

「うん! いいよお」

千穂里も快く承諾した。

「ね! 隼人くん、いいよね」
「えっ、ああ、うん」

そうして4人は一緒に帰る事になったのだが、隼人の心は複雑だった。


隼人は千穂里に隠している事がある。
千穂里が好きで告白した訳ではないという事。
彼女の親友で親友の彼女、姫依が好きだという事。
千穂里どころか、他の誰にも言えない秘密だった。



嘉仁と姫依が付き合い始めたのは、今から2ヶ月程前。
告白したのは姫依だが、元々2人は両想いだった。
隼人がそれを聞いたのは、その2週間後だ。
姫依が好きだという事は、嘉仁には黙っていた。
2人についての詳しい話は、千穂里からメールで聞いた。
千穂里とは、殆んどメールでしか会話した事がなかった。
千穂里は2人が付き合い始めた次の日、姫依から話を聞いたらしい。
気持ちは落ち込んでいるが、表向きは2人を祝福しなければならない。
これ程辛い事はなかった。
隼人は失恋のショックで1週間程鬱ぎ込んでいた。
そしてそれから1週間後。
隼人は千穂里にメールを送った。


『俺と付き合わない?』


――女を忘れるには女。


それが隼人の出した結論だった。
返事は1分もしないうちに返ってきた。


『喜んで!!』


この返事で、隼人は初めて、千穂里が自分を好きだという事に気付いたのだった。




「ねぇ、千穂里と隼人くんはもうデートしたの?」

姫依の声で、隼人は我に返った。

「んーん。まだ」

千穂里が答える。

「じゃあさ! 折角テスト終わって早く帰れるんだし、今から4人で遊ばない!? Wデートって事で♪」

そう提案したのは姫依だった。

「あーうん! それいいね」
「いいよね、嘉仁さん」
「別にいいけど」
「ねぇ、そうしようよ隼人くん」
「ああ、うん」

気が重いのは、隼人だけだった。





「隼人! 次コレ一緒に歌わねー?」
「おー」
「じゃあ千穂里! ウチら次コレ歌おうよ」
「えっあたしそれ歌えないんだけど…」

4人はカラオケボックスに来ていた。
次々曲を入れて盛り上がっている。

「あ、ねぇ隼人くん」
「ん?」

話しかけられ、隼人は千穂里を向いた。

「コレ歌える?」

曲のリストの一ヶ所を指差して言った。
知っている曲だ。

「あー多分」
「一緒に歌わない?」
「ああ、いいよ」
「じゃあ入れとくね」

千穂里は嬉しそうにリモコンを手に取った。
隼人はそんな千穂里から、姫依へと視線を移した。
嘉仁と2人でバラードを歌っている。
姫依は本当に幸せそうだ。

「ねぇ隼人く――…」

リモコンを操作していた千穂里が顔を上げた。
しかし千穂里はそのあと、何も言わずに視線をリモコンに戻した。




帰り道。
姫依と嘉仁は図書館に寄るらしく、千穂里と隼人は2人で駅へ向かった。
沈黙が続いて、上手く喋れない。

「…今日、楽しかったね」

この気まずい沈黙を破りたくて、隼人は言った。

「うん」

が、一言で返されてしまい、再び沈黙が訪れる。

「…楽しく、なかった?」
「んーん、楽しかったよ」

千穂里は明るく笑うが、声が何処か悲しそうだった。

「…また4人でどっか行く?」
「いや、いいや」
「え?」

千穂里の意外な返事に、隼人は立ち止まった。

『うん、そうだね』

千穂里ならそう言うと思っていたのに。

「あたし、嘉仁くん嫌いなんだよね」

千穂里は、隼人に背中を向けたまま言う。
衝撃の告白だった。

「え、なんで…彼氏の友達だよ? 友達の、彼氏だよ?」
「分かってるよ。でも嫌い。友達とか彼女の前じゃそんな事ないんだろうけど…アイツ性格悪いし」
「そうなの?」
「隼人くんやっぱり鈍感だね。詳しくは言えないけど…兎に角アイツ最悪なの。だから嫌い。大ッ嫌い。多分向こうも、あたしの事嫌いだし」
「…じゃあ、なんで今日、一緒に…?」
「姫依が言ったから。姫依いっつも楽しそうだから、なんか断りにくくて。隼人くんもいるし、1回くらいならいいかなって」
「……」
「だから、もういいや」

最後に振り返って、千穂里は笑った。

「そ、か」

また一つ、関係が複雑になってしまった気がする。



 
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