小説2

□T
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「ぎやああぁあぁあぁあああっっっ!!!!」


FaKe.−フェイ−T


「耳障りな悲鳴上げないでくれる」





ガチャ
あるアパートの一室の扉が開いて、中から1人の幼女が出てきた。
手には、その幼女に不釣り合いなほど大きなゴミ袋を持っていた。

「あらー光乃ちゃんおはよう。いつも大変ねぇ」

同じアパートの住人らしき中年女性が幼女に声をかけた。

「光乃は苗字です。変な呼び方しないで下さい」

幼女は、その幼い顔立ちに似合わない大人びた口調で言った。

「あーそうだったわね。でも貴方達そっくりだからどっちがどっちか分からないのよーあ、でも貴方は仄伽ちゃんね。遥伽ちゃんは、光乃ちゃんって呼んでも『おはようございます』って返してくれるから」
「じゃあ遥伽も同じ態度を取れば分からなくなりますね」
「貴方達って性格は全然似てないのねー」

幼女は女性を無視して歩き出した。



幼女――光乃仄伽は3歳だった。
彼女には、双子の妹・遥伽がいる。
朝のゴミ捨ては彼女達の日課だった。
アパートの住人達は、彼女達の両親を見た事がない。
彼女達の話によれば、父親は朝早くに家を出て、夜遅くに帰ってくるらしい。
そして母親は病気がちで、家に籠りきりだという。
3歳の彼女達が2人してそう言うのだから、アパートの住人はみんなこの話を信じていた。
しかし、実際はそうではなかった。
彼女達の両親は、1年前に交通事故で他界していた。
つまり彼女達は、このアパートに2人で住んでいるのだ。
それが知られないのは、彼女達の尤もらしい嘘を、誰も信じて疑わないからだ。
だが、2人の両親の死には、仄伽しか知らない真相があった。




「ただいま」

ゴミを捨てて戻ってきた仄伽が、ドアを開けて言った。

「おかえりー」

部屋の中から、美味しそうな香りと、遥伽の声が返ってきた。
仄伽は部屋の中に入った。

「やっぱり仄伽が行くと早いねー」

遥伽は踏み台に乗って味噌汁をよそいながら言う。

「遥伽が遅いのは田中さんの相手してるからでしょ。あんなオバさん無視すればいいのに」

仄伽はリビングのテーブルの側に座ってテレビをつけた。

「だってそんな事したら悪いじゃんー」
「遥伽は優し過ぎるんだよ」
「仄伽が冷たいんだよ」
「仄伽は光乃の血を忠実に受け継いだだけよ。間違ってないもん」
「そんな血受け継いだところで何の得にもならないじゃない。大体、パパもママももういないんだよ? 後継がなくたって…」
「……後継がなきゃダメだよ。約束したんだもん」

仄伽はポツリと呟いた。

「え? 何て言った?」

遥伽が卵を焼きながら仄伽を見た。

「何も。ご飯まだ?」
「もーちょっと待って」







『仄伽…貴方の最初の“仕事”よ』
『仕事? 何?』
『この管を、外しなさい』







「仄伽? どうかした?」

仄伽が我に返ると、遥伽が正面に座っていた。
机には既に朝食が並べられている。

「…いや、別に。いただきます」

仄伽は箸を取った。





仄伽は目を開けて、ベッドから降りた。
振り返ったが、遥伽は寝ていた。
仄伽は足音を立てないように注意しながら玄関へ向かった。
外へ出ると、物置の個人スペースを開け、なかから黒い布を取り出した。
それはマントらしく、仄伽はその黒い布を羽織ると走り出した。
その日は仄伽の“仕事”の日だった。
まずはターゲットの家の近くへ行き、様子を窺う。

「問題なし」

仄伽は呟いて歩き出した。
ターゲットは正面から歩いてくる。
仄伽は横を通り過ぎた。

「ちょっと、お嬢ちゃん」

案の定、ターゲットは仄伽に声をかけてきた。
何処にでもいるような、ふっくらとした体型の中年男だった。
仄伽は立ち止まる。

「こんな遅くにどうしたの? 1人でお外に出たら危ないよ」
「…おうちに帰れなくなっちゃったの。暗くて分かんないの」

仄伽は屈んで話しかけてくるターゲットに向かって“3歳口調”で言った。

「それじゃあおじさんが一緒に探してあげよう」

ターゲットはそう微笑むと、仄伽の手を強い力で掴んだ。

「触んな」

仄伽は低い声で言い、マントの陰からキラリと光る何かを投げた。
“それ”は綺麗に男の頸動脈を裂いた。

「ぎやああぁあぁあぁあああっっっ!!!!」

ターゲットは悲鳴を上げて暴れまわった。

「耳障りな悲鳴上げないでくれる」

仄伽はマントから包丁を取り出した。

「これで、トドメ」

そして包丁をターゲットの心臓に突き刺した。
仕事は素早く。
いつまでもここにいる必要はない。
仄伽は投げた小型ナイフを拾い、包丁を抜き、ターゲットが絶命する前に闇に姿を消した。



 
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